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二人の英雄

 ここは王都オラージュの城最上階、密談の間。王と側近だけが入ることを許された部屋である。


 だらしない白髪に太鼓腹が目立つ厚い金色の寝巻を着ているのが王アウストラ。


 蒼白で細身の体に黒いローブを纏っているのが大参謀モナークだ。


「例の大臣3名を国家反逆罪にて収監いたしました。同時に、キルケ―大魔導士長及びガレス総隊長両名は追放処分としました」


「ご苦労だったな」


「彼らの穴埋めは私の配下の者を任命します。あなた様こそよくご英断なされた。これでオラージュは安泰」


「仕方あるまい」


「時代遅れのたん瘤は大方消えましたな。では一献」

 

「おお」


 互いをねぎらい赤ワインを注ぎ合った。


「やはり間違ない、あなたこそ勇者ミケラの生まれ変わり」


「その言い方はいい加減やめないかモナーク」


 もういい加減聞き飽きたと不満を言うアウストラ。


「国民も皆そう思っております」


「古の勇者なぞ好きではないわ」


「これは失礼しました」


「ところで例の件進展はあったか?」


「ええ、私の弟子で女王の友人が内通しました。もうじきここに連行予定です」


「それは上々だな。早く会いたいものだ」


 アウストラは手酌で何杯も飲んだ。同時に目の前に盛られた生ハムをつまみ、ピザに噛り付いた。


「はい弟子は優秀な魔法使いで、いずれは私の後を継いでもらいます」


「それはいい考えだ。側近に女も欲しいからな。はっはっは」


「ほうーほっほっほ。ではもう一献」


 注がれたワインを一気に飲み、また手酌で飲みだす。


 モナークは、パエリアをドカ食いするアウストラを冷めた目で見つめていた。


「ぷっはあ……もう酔ってしまったぞ。今日はもう寝る」


「左様ですか」


「そうだタバコあるか?」


「ええ、これをどうぞ」


 モナークは自作のタバコを王に手渡した。


「寝る前と寝起きはこれがなくてはな」


「吸いすぎにご注意を」


「それとお酒で脱水になりやすくなっておりますので寝る前にお水を」


「ああ、わかっておる。毎晩言われている気がするが」

 

「おやすみなさいませ。歩けますか?」 


「大丈夫だ。おやすみわが参謀よ頼りに……しておるぞ」


「ありがたき幸せ」


 モナークは終始フルーツをつまんでいた。

 


 不敵に笑う参謀。


「フフフフフ何もかも計画通りだ」


「待っていろよ竜王。階段を復活させて、貴様のその首を跳ねてくれる」


「さすればこの世の全てが儂のものだ。あのバカは用無しだな」


「と皮算用はここまでにして」


「んんそこにいるのはわかっています。何のようですか?」


 静かに扉が開き、色黒で大柄のシスターがいた。


「おやおや、ブラーナ大看護師長ではありませんか」


 シスターブラーナはアウストラが幼少期から現在に至るまで、明るい性格と卓越した治癒魔法で国民と彼の仲間たちを支えてきた影の英雄である。最近は病院で看護師たちの長を務め、修道院では院長をして多忙を極めていた。王と会うことは少なくなったが、二人には消えない絆があったのだ。


「今の独り言。全て聞いていましたよ」


「んー何を?」


「とぼけないで! やはりただの学者ではなかったようね。私たちはもう限界よ」


 無表情だったブラーナが次第に怒りの形相となった。


「王があそこまで堕落した原因はお前だなモナーク!」


「これは異なことを」


「増税に徴兵導入。魔法を禁止した上に禁戒とされる闇術の教習。それだけではない! 異を唱えた大臣たちを収監。宗教の自由を奪い竜信仰の強制。さらには子供の数も制限するなど、この自由の国には絶対にあってはならないこと!」


「ふーん。つまり何が言いたいのだシスター?」


「貴様が側近になってから碌なことがない。近い将来オラージュは暗い国になってしまうわ」

 

 シスターは唸るような声で続けた。


「まるでゴリアテの二の前」


「政のド素人が、何もかもが王の意志でなされているのだ。例え親友であっても口を出すことは許されませんよ」


「では王が吸っているあのタバコは何なの?」


「は?」


「……」


「答えろ」


「あれは精神安定剤だよ」


「嘘をつけ。貴様の怪しい術で生み出した薬に違いない」


「言わせておけばずけずけと! 無礼だぞ。修道院の長ともあろうものが!」


「それにこの酒の量……ありえない。ありえないわ」


「アウストラは一滴も飲めない体質だったはず。彼に何をした!」


 ブラーナは凄まじい剣幕でモナークを睨みつけた。


「さあね。はははははははははは」


「何が可笑しい!」


 ブラーナは大きめのナイフを両手に持ってモナークを斬りつけようとしたが、妙な力が働きすぐに取り上げられてしまった。


「何をするつもりだシスター!」


「これを……くらえ」


「あ」


「おやおや。こんなダーツの針一本で儂を殺せるとでも思ったのか?この糞アマ!」


 ニタニタする不気味な男の首筋に数ミリの傷を負わせた。


「ふーんん」


「ああ……ぐああああああ」


 ブラーナの身体がねじれ膝が床を着き、力が全く入らなかった。


「反逆ですぞシスター。これは王に対する反逆だ。謀反だ」


「あうああああ」


「あーはっはっは死刑台送りになる前に……教えて差し上げようかな」


「奴を間抜けにしたのは計画の第一段階だよ。無論、君が来るのも含めてね」


「残念だったね。君はすんなりとここに来て盗み聞きできたわけだ。衛兵たちがいないのをおかしいと思わなかったのか?」


「んんんんん」


「待っていたのだよ。王唯一の親友である君がいつか私を殺しに来るのをね。これで目の上のたん瘤を完全に排除できる」


「ふはははははははははは!」


「ドルマ! ミチュール! いるか?」


「はいさーほいさーお呼びで」


 隠れていたのか、肌の青い男二人が入ってきた。豪華なマントを羽織っているが、中に着ている服は実に貧相だった。


「この婆あを処刑場に送れ! 国家反逆罪で即刻死刑にしろ。くちチャックも忘れるな」


「かしこまりました」


「いや、待てよ」


「はー」


 モナークは感情的になっていたが、冷静になり考えた。


 ブラーナは、恐らく今のアウストラにとって唯一の親友である。その親友が死刑になったら王はどうなるか。この大事な時に心変わりは困る。計画に支障が出かねない。


「牢行きにも死刑にもできぬ……消し方を間違えた」


「おいドルマ。お前らの隠れ家があったろ」


「はいさオラージュ最南端の森の中にございます」


「そこにこの婆あを幽閉しろ」


「えっえっえ」


「しろといったらしろ。くれぐれも死なせるなよ。世話は留守番してる豚野郎にでもやらせとけ。わかったな」


「えっはっはい。しょうち」

                     

 

 翌日の朝、王都郊外にて。


 精鋭部隊が護送車から逃げ出した一人の女性を囲んでいた。


「あたしを放しなさい!」


「――衝撃波!」


「うわあ耳が痛い! 鼓膜が破ける」


「手足を縛られてなおこの力。さすがかつての英雄」


 特注の鎧が傷だらけになる。


「見た目で油断するな。一瞬の隙もみせるなよ」


「だがくれぐれも怪我はさせるな。王のご友人で女王様だ丁重に扱え」


「そんなー難しすぎます」


「あああ痛たたたー」


「オニール隊長! 私を含め負傷者23名です。これでは我々の身が持ちません」


「うーむ。とはいえ怪我はさせられぬ故。大魔導士殿どうにかしてくだされ」


「大魔導士殿ー!」


 奇天烈な恰好をした細身の女魔導士があくびをしながら出てきた。


「おいどうゆー事だよ使えない奴らめ。なんでもかんでもワイに頼るな! 斥候を何度も返り討ちにして疲れてんだよ」


「我々も負傷しております。何卒!」


「んー! なによこれ頑丈で破けない。眠らされた挙句、袋詰めにされて連行されるなんて屈辱だわ!」


「もののふの恥!」


 ララナガ女王ベルサイユは囚われの身にあった。長く綺麗な黒髪に、肌の色が白く。キリっとした目に小さい鼻と口の美人である。


「プーシキン! あんた……騙したわね」


「あっはっはっはっはー。なんて無様な恰好だ。女王ベルサイユ様。袋詰めで王都に連行~」


「どうしてよ。あてもなく放浪してたあんたをあたしのファンクラブ名誉会長にしてあげたのに」


「長らくワイのバストサイズをののしってきた罰だぞい。そのことだけは許せんのや」


「なんですって? あんたが会うたびに風呂入れとかいうからでしょ」


「んんん? 事実じゃよ」


「てかってるのはね椿油塗っているからなの! 洗ってないからじゃないのよ!」


「ふ~ん」


「まあエテ公のあんたにはわからないでしょうね」


「誰がエテ公や! この前時代の屁理屈アマが」


「はあ? 屁はあんたでしょ?」


「覚えてるわよプーシキン。子供のころあんたが屁をしたら真上を飛んでいた雀が即死したのを」


「飼っていたインコがハナガマガルと言い残して死んだのを」


「カッッッッ」


「ええええ嘘だろ? どんだけ臭かったんだ?」


 親衛隊員たちが互いの顔を見てひそひそ話す


「本当だよ能無しどもが。悪いか? おいオニール! 部下の教育がなってないぞ!」


「申し訳ない」


「言わせておけば減らず口をずけずけと叩きおって。これ以上ワイの黒歴史をばらされるわけにはいかん」


「これでもくわえとけスライム乳!」


「ああおおおうう……」


 南の国ララナガの女王ベルサイユは、ファンクラブのオフ会で油断したばかりに眠らされ袋詰めで攫われ、更に眠り団子をくわえさせられて王都へ連行された。



 大参謀の寝室。


「ぐええええ……おおおお……」


「ふうっふうっ、ブラーナめやってくれるではないか」


 針に毒が塗られていたのか、針が特殊だったのかはわからないが、シスターに刺されたダーツの針が原因なのは考えるまでもなかった。


 参謀の公務は午後から夜にかけてで、普段ならばゆっくりと起きて朝食を食べ、パイプタバコをふかし、悪巧みをしながらくつろいでいる時間である。だが昨日の血尿に続き、今日は朝から嘔吐下痢と戦っていた。


「はあ。はあ……はあ……」


「何も食べない方がいいな。水分だけ取っておくか」


 もっとも、シスターは昨日流罪にしてしまったので確かめる術はない。


「本来の姿ならば如何なる武器も通さんのだ。毒も火も氷も雷も受け付けぬというのに」


*回想「OOOO様。2000年前のお体に戻すにはあと数カ月はかかります。」

   「数カ月ってどれくらいだよ?」

   「わかりませんが数カ月です」

   「早くしてくれよな国盗りがかかってんだから」      

   「御意ーん」


「ちくしょう……ちくしょう……おええ」


「ん?」


 ドンドンと扉をたたく音がしたので。なんだよと呟きながらトイレから出た。


「いま取り込み中だ。帰れ」


「モナーク様」


「無礼だぞ。昼過ぎまでは、何人も立ち入り禁止だ」


「モナーク様あ~プーシキンだよー」


「ああ……待て待て今開けるぞ」


「よくぞ戻った。愛弟子よ」


「帰りました師匠。ララナガの隠密達を巻き、斥候部隊を撃退しました。女王は無事我らが王都に」


「でかしたぞ私も嘔吐していたところだ」


「オヤジギャグか? いや顔色が悪そうで」


「昨日ようやっとあの婆あを追い出せたのだが……おーえ」


「ししししし師匠。大丈夫です?」


 モナークはその身に起こった凡ミスを話した。

  

「大看護師長ともあれば人体の仕組みを完全に理解してます。わが師匠に不意打ちとはなかなかやるなー」


「はあっ感心している場合ではないんだよ。これは多臓器不全だよ」


「うんならば一度城の方へ帰って内臓交換というのは?」


「お前も……そう思うか……ならそうするか」


「しかし女王の世話係ははどうします?」


「ふーむ……私が見るはずだったな、プーシキン……修行だと思って何とかしろ」


「えー! 体力がが持たないよ。そうだ、闇術師たちはどうです? せっかく育てたんだし」


「いや闇術はまずい……用途が違う何が起こるか予測がつかぬ。ああ腹がー!」


「やはりお前が務めよ師匠の指示だぞ」


 トイレに駆け込むモナーク


「そんな~」


 プーシキンは泣きそうになった。


「しょうがないな。同盟国の魔法使いを呼ぶとするか」


「レヴォントレットの?」


「あああー! そうだ。あそこの奴らはとかく冷酷非情だと聞く。魔法官僚を数名寄こすようにと使者を送れ。奴らの実力をこの目で確かめたい」


(それに優秀な弟子もあと何人か欲しいからな)


 何やら聞きたくない音がした。


「わかりました」


「それまでは何とか……お前と看守で乗り切れ」


「はい。ぴえん」


「私は一度根城に帰り……臓器を入れなおしてくる。アウストラの間抜けの相手はドルマたちが適当にやるだろう」


「はい」


 トイレから出たモナークは、わが書斎を掃除しておけと言い残し、はあはあ言いながら這うように根城へ向かった。


「大丈夫か師匠w」


 と心配する弟子であった。



 午後も遅くなり。アウストラは連行されたベルサイユ女王に会うためオラージュ最高刑務所に向かった。3年前の5大国会議で会ったきりだ。相変わらず独身なのだろうか、妖艶なのだろうかと色々妄想しているうちに着いた。


「王様お待ちしておりました。ではエレベーターへお乗りください。ご案内致します」


「待て看守長。女王の世話係はどうなっておる」


「はい。この時のために国中から屈強なものを採用いたしました。平時は彼らに緊急時はモナーク大参謀が直々に務められるようで」


「おおそうだったな。でモナークはどこだ?」


「それがまだ来られません」


「何? なにをしているのだあやつは、この日を楽しみにしていたはず」


「こちらへ」


 どうやら地下3階の特別な牢にいるようだ。看守長が移動しながら説明した。


「ベルサイユ女王は怪力と凄まじい気合の持ち主。普通の牢では簡単に脱獄されてしまいます。牢は3重になっていて扉も3つあり、外側は一面黒いより強固な壁で作られています。」


 アウストラはこっぴどく罵倒されると思いつつ足を運んだ。


「や、やあ」


「アウストラ?」


「ベルサイユ久しぶりだな。」


 そこにかつての凛々しい英雄の姿はなかった。アウストラ王40歳。髪は白髪になりぼさぼさ。ひげも伸ばしっぱなしで肌からは粉が吹いている。


 腹はかなり出ていて以前の3倍ほど横に肥えていた。更に痛風を患っているのかサンダル履きで足を引きずっていた。


「あんたずいぶん変わったわね」


「いやそうでもないさ」


「で、これはどうゆうことなの? なぜあたしがこんな目に」


「すまない。ちゃんと理由があるのだ」


「どんな理由?」


「天空城に住まわれる竜王様が体調を崩されたのだ。回復には世界で最も強いとされる女のエネルギーが必要なんだ」


「は? 意味わかんないわ」


「よってその特殊なオムツを履いてもらった」


「郊外にいるときから下半身がおかしいのはそのせいね。ふーん。つまりあたしは生贄って事?」


「生贄なものか! 死ぬほど苦痛なものではないそうだ。数カ月の辛坊だから耐えてくれないか」


「バカにしてんのこの糞デブ野郎が!」


 ベルサイユが気合を発すると空気が割れ地響きが鳴った。看守長が悲鳴をあげて倒れ、王の制服にも傷がついた。


「おー! 落ち着け」


「落ち着いてられないわよ。大体あんた何をしているかわかってるの?」


「いや私はいたって冷静だ」


「ドやるな! 一国の女王をさらうなんて冷静じゃないわよ。次第によっては戦争になるわ」


「どう考えてもおかしな話じゃない。竜王が体調崩した? 神話じゃ全知全能の存在でしょ。ありえないわ」


「本当だ。その証として天空城の門は閉じられ、地上からの階段も破壊されてしまった。これは訃報の証」


「それは大昔の話よ。神話の世界でだけどね」


「ああ約2000年前の話だったな」


「だいたい天空城も、竜王とやらもインチキよ。古今東西見た人なんていないわ」


「そういうな。伝説は神話になるのだ。そして伝承として未来へ語り継がれる」


「ふ~ん。で階段をかけるのにあたしのエネルギーが必要ってわけね」


「あああそれは!」


「つまらない嘘つくんじゃないわよ。馬鹿王が!」


「馬鹿王は言い過ぎだろう」


「言い過ぎないわ。あのね、いるかどうか知らないけど竜にあったところでメアリーは生き返らないわよ。竜王ってのがいたとしてもそんな都合のいい存在じゃないわ」


「……」


「そんなことはない。伝承では天空に住む竜は死者蘇生ができるといわれているのだ。この私と国民のためにどうか力を貸してくれ破軍のベルサイユ」


「いやよハゲ。その仇名嫌だって言ったでしょ忘れたの?」


「この通りだ」


 アウストラ王は深々と頭を下げた


「土下座されても断るわよ。なんか裏がありそうね」


「あるわけなかろう」


 新しく召し抱えた切れ者と噂の参謀について聞こうとしたが、遮られた。


「ところで今30くらいか? おばさんになったな」


「28よあんたに言われたくないわ。それにさっきから息が臭すぎるわよ。なんなのそのドブの臭いは」


「実はな毎晩歯を磨かずに寝ていたら、いつの間にか重度の歯周病になっていたんだ。酒飲んだ後に磨くのはめんどくさいだろ」


「だらしないわね。いつからそうなったの? あああ答えなくていいわもう臭すぎるから何も話さないで」


 アウストラにもっと聞きたいことがあったが、口臭が酷すぎるので止めた。お前には落胆したとこちらが言いたいセリフを吐き、去っていった。


「時というのは残酷ね男前があそこまで劣化するとは、あたしもアラサーだしウカウカしてられないわ。そろそろ婿となるいい男を見つけないと。って今はそれどころじゃないわね」


 ベルサイユは我に返った。


「早くここから脱出して、オラージュの異変を国に伝えないと!!」



 この特別牢はよく見ると清潔感があり奥行が広くなっていて、窓こそないものの少々リッチな部屋のようだった。しかし、ベルサイユは袋詰めは元より何やら強力なハンモックのようなものに

固定されていた。


「何よコレまるでサナギじゃない。この糞忌々しいハンモックがぶっ壊してやるわ。このっ! えい! あー!」


 気合を発してもビクともせず、壁にひびすら入らなかった。


「頑丈に作りやがって」


 実はこのハンモックも袋もモナークが1年かけて作り、すさまじい耐性と弾力を持っていた。常人ならばビクともしないが、破軍と呼ばれ怪力を持つベルサイユである。暴れれば暴れただけハンモックは上下左右に弾んだ。


「しまった。わっわー」


 ビヨンビヨンいって弾けた。完璧に収まるまで10分ほどかかり目が回った。


「はあっはあっはあっはあっ」


「やけになっちゃいけないわね。はあどうしたものか。ん?」


 ガチャっと2回ほど開ける音がした。


「楽しんでおるかベルサイユちゃん?」


「お前! ……この貧乳!」


「うるさい袋詰め!」


「貧乳!」


「このサナギおんなあ!」


「ひーん乳ー!」


 ベルサイユの気合とプーシキンの魔力がぶつかり合う。二人の力が拮抗し合った後、緩やかな風が吹いた。


「怪物め」


「あんたがね」


 大魔導士プーシキンといえど眠り薬や催眠魔法なしでは抑え込むことは不可能だった。


「あー! もう疲れたわ。精々あれだオムツの呪いに苦しむがいい! さらばや」


 プーシキンはそう言い捨てるとどこかに行ってしまった。奥の方で世話係を代われ能無しどもと怒鳴る声が聞こえた。


「抗っても無駄ってこと? いや何か解決策はあるはず。」


 とはいえいくら考えても何も浮かんでこなかった。


 世界中に被害を出した軍事国家ゴリアテを滅ぼしてから約13年。平和ボケしていたのだなと思った。ララナガ宰相数電の言うことを聞いて、各国に隠密を忍ばせておけばこんな事にはと後悔した。


 自分が攫われたばかりに、国境警備隊も斥候部隊もまた隠密達も相当被害がでてるはず。泣きそうになったが主君たるものそうもいかないのだ。どんなに苦しくても希望はあると信じ民を導かなければならない。


(この状況なんとかしなければ)


 ともあれ腹が減った。オムツの呪いが発動したのはそんな時だった。


「バブ」


「バブ! バブ! バブ!」


「キャはっはっは。あ~う。あ~う。あ~う。あい!!」


「んまんま! んまんま! ええ、ええ、え~ん。ぎゃあーあーあっあ!!」


オラージュ最高刑務所の牢に赤子の鳴き声が響いた。


「ん? 赤ん坊か女囚が産んだか? 目出てええじゃねえか」


「ははははは元気な赤ん坊だいおっかさんお乳やりなって」


「なんだ久しぶりだなこんな可愛い鳴き声聞くなんてな。よしよし」


「んんなんか地面が揺れているような気が」


 日々鬱屈していた囚人たちは家族への哀愁にふけった。全員が凶悪犯というわけでなくモナークに異を唱えた軍幹部、大臣たちもいた。


 しかし、地下3階は違った。大急ぎで看守達が走ってきた。


「くそモナーク様はどこに。なんで俺たちに、話が違うじゃないか」


「くっ鍵を開けろ。ああああ」


「耳がー!」


「よし開いたか……あとはミルクを与えるだけ」


「あああああああ!」


 オムツの呪いが発動し、ベルサイユの気合がより強力になった。周囲に衝撃波が起こり看守の体を引き裂いた。


「鎧を着ていても無理か。ぬうう女王これをどうぞ」


「んんん……おうおう。ゴクッゴクッゴク」


 ベルサイユは赤ちゃん用ミルクを喉を鳴らして飲んだ。囚われてからまともな食事をとっていなかったのでとても腹が減っていた。


「これでいいの……か」


「大丈夫かー!」


「しっかりしろよお前ら。おいさっさと病院に運べ」


「オムツの呪いがこれほどとは。ワイでも手に負えんわ」

 

 気配を察知したプーシキンが来たときには、泣き声が止み衝撃波が収まってたが、二人の看守は傷だらけになりその場に倒れていた。


 その時ベルサイユが履いているオムツは袋の上からでもわかるほど虹色に光り輝いていた。


 そして牢の外、王都オラージュの空には異変が起きていた。


「おい! なんだあれ」


「ん、虹か?」


「虹っぽいが、なんか違くないか?」


「もしかしてあれは、もしかして」


「階段のようだな?」


「うん、確かによく見れば階段だ」


「うそーあれが天空の階段!」


「なんて奇麗なの」


「まさか俺たちの日々のお祈りが届いたってのか」


「天空城の伝説は本当だったんだな」


 虹色に輝く巨大な階段が数段、王都の空に現れた。蛇の血を飲み竜を信仰して空に祈れば天空城への道が開かれる。竜王に会えれば亡くなった人を復活させられる。ここ数年王都で流行った宗教を信じていた過半数の国民は涙し歓喜した。


 一方で疑問に思う人々もいたが、彼らの声は封殺された。


「アウストラ様! アウストラ様」


「なんだ大臣。騒がしいな」


「お空をご覧ください」


「おそら? ちょうど今そら豆が食いたいと思っていたところだ」


「かしこまりました。では早速夕食にて」


「うん」


「王様。戯言を言っている場合ではありません。空に虹色の階段が現れました」


「何。ついに現れたか! 民の信仰を統一し何年も祈り続けた甲斐があった。皆の者見に行くぞー!」


 アウストラは王座の間を出て一目散に最上階の庭へ向かった。


「おおおお! あれは。あれが天空の城へと連なる階段か! 実に神秘的だ」


 アウストラは少年に戻ったかのように飛び跳ね、感動していた。王を追って大臣と貴族たちが続々と現れた。


「俄かには信じられぬがあれは確かに階段だ」


「そうだとも形をなしている」


「なんて奇麗なのーあの上にお城があるなんて素敵ですわ」


「天空の階段があるということはすなわち天空城もありそこには!」


「はっはっは早とちりはよせ大事なのはこれからだ」


 先走る大臣を制止した。ここでいつもいるはずの男がいないのに気付いた。


「モナークにも見せてやりたいがあやつは何処に?」


「あ。そういえば昨日から姿が見えませんな」


 家臣たちに見なかったかと聞いて回っていると奴の弟子であるプーシキンが走ってきた。


「おおプーシキン相も変わらず元気そうだな。見てみろついに虹の階段が出現したのだ」


「!」


「王様。おめでとうございます。恐れながら例の件で事後報告があります」


「なんだ?」


「呪いの力。想像を超える強さですでに看守二人が重傷を負いました。ワイでも手に負えるかどうかといったところで」


「うむ」


「応援として大至急、同盟国へ魔法官僚を数名派遣するよう使者を送りました」


「レヴォントレットからか。それは構わぬが」


「そもそも世話係はモナークが務めるのでと言っていたが、あやつはどうしたのだ腹でも壊したか?」


「あわわわわ」


 プーシキンは適当に理由を作った。


「実はわが師匠モナークの母親は齢101歳になり郊外にある老人ホームに入っていて、昨日脈が弱くなっていると施設から速達があったのです。よってしばらく留守にすると伝えてくれと」


「なんだそうだったのか、急にいなくなって心細かったぞ。大参謀も人間らしいところがあるではないか」


「はい」


「よし応援が来るまでは頼んだぞ大魔導士プーシキン。この国で最も美人な魔法使いよ!」


(こうゆう時だけ褒めやがって)


「それはーそれは、ありがとうござります」


 王は、今はそれどころではない適当にやれという感じで命令した。酒とつまみを運ぶ兵士たちとすれちがった。


「国王様。宴の準備ができました」


「よし皆の者。酒を持てこれぞ我らが宿願ぞ。あの階段が天空まで届き竜王に会うことが出来た暁には、わが妻とお腹にいた子を蘇らせて見せよう」


「ははー!」


 アウストラは注がれたシャンパンを一気に飲み干すと、空に浮いた不完全な階段をじっと見つめていた。


 城の最上階の庭で宴をするめでたい英雄がひとり。一方その地下牢で生贄として赤ちゃん扱いをうける英雄がひとり。この二人が再び仲間となることは、なかった。


 陰謀渦巻く西の大国オラージュとこの世界はごく少数の勇気ある者たちにより思わぬ方向へ向かってゆく。

 

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