人間、咄嗟には何もできないという件について
※ここからはカクヨムで連載していない部分になります。
書き溜め等はしていない為、更新はスローペースにはなります。
「うっ……」
苦しそうに呻くスライムの声が耳に入る。
明らかに今までの戦闘とは違うスライムの様子に思考が鈍る。
「ど、どうしたら……」
何をすればいいのか、直ぐに動けずにいる俺の目の前にいるスライム越しに勇者のタマゴ達が息をつく間もなく攻撃を繰り出してくる。
「今だ! アキラ、畳み掛けるぞ!」
「おうよ!」
剣士の2人がスライムに斬りかかる。
スライムが苦しそうに呻く。
俺とスライムの距離に2人が持つ剣の刀身からして俺にもダメージがきても可笑しくはない。
なのに2人の剣先はスライムボディに包み込まれていて俺のところまでは届かないようだ。
「よし、効いてる! エリ、タケル、リキャストタイムは?」
「私は5よ」
「俺は10だ」
「よし、エリはリキャストタイムが終わり次第魔法を。 その後俺とアキラが続けるからマサルもたのむ」
「ええ」
「まかせろ」
「そのあとアキラと一緒にエアーブレードをぶち込む」
──やばい。 どうする? どうしたら。
危機的状況だというのに、現実逃避をするかのように俺はただただ悔いてしまう。
なんで俺はこいつらが来る前に戦闘シミュレーションをしておかないんだ。
無駄過ぎる時間の使い方をしてしまっていた自分に腹が立つ。
「ファイアーボール!」
迫りくる炎のかたまり。
「あ!」
慌てて俺は枕元に置いていた黄色い表紙の本を手に取り開く。
スライムのHPは20000あったのが9000まで減っている。
「半分下回ってる……」
このままだと確実に攻撃に耐えきれない。
「回復しないと!」
負けてしまう──ポーションをスライムに与えようとするが焦りからかポーションをどこにおいたのか思いだせない。
何やってんだよ俺は!
自分への苛立ちが余計に思考を鈍らせる。
ああ、駄目だ。
視界の隅に見えたこちらに斬りかかろうとする剣士たち。
ここで負けるのか。
──負けたら、どうなるんだろう。
死ぬのかな……それとも──
俺が勝手に勝負を諦めかけようとした時だった。
スライムが俺のもとから離れ、剣士たちに向かって覆いかぶさろうとした。
しかし、スライムの身体が剣士たちに届く前に剣によってスライムの身体が2つに切り裂かれてしまう。
──ああ、詰んだな。
斬られると痛いのかな。
そんなことを薄らぼんやり考える。
目の前の光景がスローモーションのようにゆっくりと流れ、俺に剣先が触れそうになった時。
「マスター!」
引き裂かれたはずのスライムが分離したままこちらに駆け寄り、1つは俺にタックルをかまし、もう片方は剣をガードする。
「いて」
勢い良くスライムに突進された俺の身体はベットから落ち、テーブルの方にまで叩きつけられた。
その拍子にテーブルの上のものが下に落ちる。
あれ、まだ、終わってない?
ふと手に何かが当たる。
「そうだ!」
手元にはポーションが入っている収納袋。
「本当に俺はバカ野郎だな!」
ポーションを取り出し、目の前のスライムにぶちまける。
俺は袋を手に取った状態で立ち上がり、なるべく壁際まで下がる。
「小癪なスライムめ!」
「下がれ、カツキ! お前が俺の射程距離にいて打てねえ!」
「ちっ」
そんな勇者のタマゴ達のやり取りが耳に入ると同時に、スライム──未だに2つに分かれたままで、俺の目の前にいる方のスライムだ──が俺に声をかける。
「落ち着きましたか、マスター」
「……ごめん、ありがとう」
目線をベットの方に逸らせば開きっぱなしのページにスライムの状態が記載されている。
HPは15000。
「もういっちょ!」
袋からポーションを取り出しスライムにかけると両方のスライムが緑色の光に包まれる。
どうやら分裂したスライムは片方が回復するともう片方も回復するようだ。
ページに写し出されているスライムのHPが全開になっている。
「えいっ!」
「うわ」
後ろに振り返り、仲間がいる方へと走り始めたリーダー格の──指示を出していた男なのでおそらくそうなのだろう──カツキと呼ばれた男にスライムが張り付く。
「カツキ!」
「くそっ、離れろ!」
「鑑定!」
──鑑定?
耳馴染みある言葉に目線が鑑定と口にした女の方に向く。
「や、やばいわよカツキ……あんた、HPが」
「くそ」
「一旦撤退するぞ」
「覚えてろよ魔王! 次こそてめえを倒す!」
カツキを支えるようにして逃げ去って行く勇者のタマゴ達。
「か、勝ったのか?」
俺の呟きの後に無機質な声が再び脳内に響く。
「勇者のタマゴ達襲来、クリア」