基本
俺はクローラ部隊に正式に配属となり、今日はその初出勤だった。会社に行っていた頃と同じように電車に揺られて指定された場所へ向かう。クローラ部隊の活動拠点は情報管理局のある施設とは別にあるらしい。その場所もかなり秘匿にされており、最寄りの駅でラインと待ち合わせの予定だ。待ち合わせの時間がサラリーマンにしてはゆったりだったため、電車内では座ってのんびりと向かうことが出来た。まだ自分がこれから諜報員として仕事をする実感が湧いていない。それでも、やらなければならないならやるだけだ。これまでもそうだった、だがこれからは自分のやるべきことを自分で決める。まだロードのことについて詳しいことを何も聞いていない。生きているのなら、必ず助けたい。
「やぁ、初出勤お疲れ様。昨夜は眠れた?」
「そうですね。おはようございます。」
「あれ?敬語じゃん。」
「一応上司になるわけですし、そこら辺はわきまえてるつもりです。で、早く行きませんか?」
「そうだね、じゃあ早速行こうか。さて、この瞬間から訓練は始まってるよ。俺たちは周りにいる人間の誰にも気付かれることなく、拠点のビルに入らなければならない。呼吸は最低限、ただ堂々と、前だけ向いて目的の場所に向かえば良い。無駄に動きのあるやつほど、人は気になるからね。さぁ行くよ。」
ラインは音もなく背を向け、足音も立てずに歩きだした。歩くスピードも早く、目を一瞬離しただけでも、その姿を見失ってしまいそうな気がした。いつも突然目の前から消えていたのは、やはりスパイとしての技術だったのだろう。彼の後をなんとか追いかけ、やがて辿り着いたのは駅からは少し離れた古びたビルの地下へ続く階段だった。
「まー、初めてにしちゃあ上出来……とは言えないが、伸びしろはありそうだ。クローラに乗ってても、この基本は変わらない。慣れだよ慣れ。」
ラインはかなりの速歩きを15分ほど続けていたにも関わらず呼吸1つ乱れていない。それに比べてこちらはもうかなり息が上がっていた。ラインは特に構わず階段を足軽に降りていく。一般的な扉を鍵で解錠し、中に入ると、そこにはもう一枚分厚そうな扉が待ち構えていた。ラインは扉に手をかざし、手に持っていたスマートフォンを一瞬見たあと素早く文字盤を打った。そして最後に瞳の虹彩での認証を経て、やっとその分厚い扉は開いたのだった。
「ようこそ、情報管理局諜報部特殊工作部隊クローラの本拠地へ。」
部屋の中は見たこともない装置や、スクリーンもなしに空間に映し出される数々の謎の情報。目が2つでは足りないほど、そこは情報が溢れていた。そしてその奥には、テーブルを囲んでトランプをする男女を見つけた。