強引な誘い
リビングのソファで横になり、彼女にどこに何があるか聞かれた場所を答える。家にまともな救急道具は無いが、彼女は自分の綺麗なハンカチを汚すことを厭わずに傷を拭ってくれた。
「はい、これで大丈夫です。腫れそうなので、しばらく冷やしておいてくださいね。」
彼女から保冷剤をタオルで包んだものを当てたまま受け取った。横になったままなのも悪いと思って座りなおす。それにそのまま横になっていたら眠ってしまいそうだった。
「あ、ありがとうございます。」
「それはこちらのセリフです。本当に、あなたが助けてくれなかったらどうなっていたか。そういえば、お名前を聞いてもいいですか?あっ、聞いておいて私も名乗っていなかったですね、すみません!私レニリカといいます!レニリカ・イーロ。」
「カイアン・リルムです。カイでいいですよ。」
レニリカは俺の名前を復唱して、頷いた。明かりのもとできちんと彼女の顔を見たのはこの時がはじめてだった。家のライトに暖かく照らされた彼女は、まるで聖女のような柔らかい印象だ。彼女はカバンからメモ帳とペンを取り出し何かを書いていた。
「今日は本当にありがとうございます、カイさん。ここに私の連絡先書いておきましたから、もし怪我が悪化したり何かあったりしたら連絡してください!すぐに来ますので!今日のことは、本当に忘れません。それでは、私はこれで。」
レニリカを見送ろうとソファから立ち上がると、すぐに肩を押されてソファへ戻された。
「ここで大丈夫です。私達家も凄く近かったみたいで。今日は安静にしてください。それじゃあ、おじゃましました!」
そう言って彼女は家を出て言った。なんとなく、静かな部屋が寂しく感じた。いつもと何も変わらない、自分の家なのに。少し彼女の影を追いたくなり、家の扉を開けてみる。やはりもう帰ってしまったようだ。自分の気持ちがよくわからないまま、家の扉を閉めようとした時、また誰かの声がした。今度は聞き覚えがあるが、誰だか分からず声の方へ振り向く。
「やぁカイアン、話は考えてくれた?」
彼の顔を見て、やっとカウンターの上の名刺の存在を思い出した。政府はまさか家まで来るのかと呆れつつ、痛む額を抑えていた。
「やっぱり君は僕の見込んだ通りだ。彼女を助けていたところ見てたよ。」
見てただけかよ、と唇が振動する程度まで出かけたがなんとか呑み込んだ。
「見てたなら分かるだろ?休ませてくれ。」
「そうさせてやりたいんだけど、こっちもスケジュールが詰まっていてね。毎度毎度夜中にすまないけど。そうだ、女の子のことは安心していいよ、輩は皆逮捕しておいたから。」
「そうか。で……ぶっちゃけ話も覚えてないんだよ。なんだっけ?フローラ?」
「惜しいな、クローラだ。ってかマジ?あんなに熱弁したのに何にも覚えてないの?」
この男は一々動作が大きく、表情もコロコロ変わる。まるで、過去になった友と話している気分になってしまう。
「サラリーマンが仕事終りにどんだけ疲れてるか知らないのかよ。まあいいや、あんた政府の人間なんだろ?」
「そうそう。じゃあこうしよう。君の会社は明日休みだろ?政府に招待するから、明日10時にここへ。待ってるよ、君のことを。」
また新しくメモを渡される。例によって暗くてよく見えないが、また返答をする前に彼は消えていた。全く強引な奴だが何者なのか本当によく分からない。しかも明日10時とは朝が早い。休みなんだから昼間まで寝ていようと思っていたが予定が狂う。大きなため息をつき、部屋の扉を閉めた。