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第二話 ①


 まさか、三年も眠っていたなんて……。


「ほ、本当に?」


「はい、三年が経ちました」


「本当に本当? 三日じゃなくて?」


 マリーはいつも真面目で、そんな悪い冗談を言う子じゃない。


 でも、そんなに経っていたなんて信じられない。信じたくなかった。


「はい、三年です。エミリアお嬢様、鏡をご覧になってください」


 マリーが姿見をベッドの前に運んできてくれた。


 鏡に映った自分の姿を見たら、嫌でも現実なのだと思い知らされる。



「そんな……」



 腰まであった髪は、お尻の下まで伸びていた。背も伸びて、胸も成長して大人になっている。


 知らない人を見ているみたいだわ……。


 眠っている間、もちろん食事は一切取っていない。


 でも、痩せてはいなかった。司祭様が定期的に祝福を与えてくれたおかげだ。


 私は貴族の娘だから三年も面倒を見て貰えたけれど、平民だと難しかっただろう。祝福を受けるには、それなりにお金がかかるのだ。



 祝福――司祭様が使える不思議な力、軽い怪我を治したり、私みたいに眠ったまま目を覚まさない人間の生命維持を助けてくれたりする。



「! そうだわ。エミリアお嬢様、すぐにお医者様を呼んできます! それから司祭様も……っ!」


 マリーは転びそうになりながら、ものすごい速さで部屋を出て行った。


 三年……十五歳でジャック王子と結婚する予定だったけれど、延期ってことになっているのかしら。お父様とお母様は変わりなく過ごしているのかしら。カタリーナとハンスお兄様は?


 落ち着かなくて、部屋の中をウロウロしてみる。


 今のところ後遺症っぽいものはないわね。身体はまだ怠いけど、普通に歩けているし、どこも痛くないわ。


 机の上には、三年前に勉強していたカルミア語の教本が置いてある。


 勉強で万年寝不足気味だったけど、それを取り戻すように……というか、それ以上に眠ってしまったわね。


 ずっと眠っていたのに、髪はサラサラだし、身体もさっぱりしている。マリーが入浴させてくれたのかしら。


 眠ったままの人間を入浴させるなんて、大変だったでしょうに……マリーには一生頭が上がらないわ。




 しばらくすると、マリーがお医者様と司祭様を連れて戻ってきた。


 私は一生目覚めないと診断されていたみたいで、起きて部屋をウロウロしている姿を見て二人とも驚いていた。


「しばらくは療養が必要ですね」


「え、三年も寝ていたのにですか?」


「三年も寝ていたからこそですよ。祝福を受けているとはいえ、身体の機能は完全に衰えていますから。すぐに日常生活に戻るのは無理です」


 私にそんなことが許されるのかしら……。


 三年間何もしなかった分、遅れを取り戻すために寝る間を惜しんで勉強しなければならないはずだ。


「王都では忙しなくて休めないでしょう。しばらくは領地のお屋敷でゆっくりするのはいかがですか?」


「お父様に相談してみないことには、なんとも……」


「私の方からも旦那様にお話ししてみましょう」


「ありがとうございます」


 まあ、許して貰えるはずがないけど。



 貴族の大半は自分の領地にある本邸の他に、王都に別邸を持っている。我が家もそうだ。


 領地からは王都は距離があるため、何かと王城に行くことが多い我が家は、ほとんどを王都で過ごしていた。


「それから栄養のあるものをしっかり召し上がってくださいね。ああ、でも、最初は具なしのスープから始めてくださいね。急に固形物を口にすると、胃が驚いてしまいますから」


「私、キッチンに行って準備するように言ってまいります!」


 お医者様の言葉を聞くと同時に、マリーがものすごい勢いでキッチンへ走って行った。


「急がなくても大丈夫よ……」


 って、聞こえていないわよね。


 マリーがものすごく心配していたことが伝わってきて、胸の中が温かくなる。


 司祭様に祝福をかけて貰うと、重かった身体が少し楽になった。


 お医者様と司祭様が帰って十分ほどすると、マリーがスープを持って帰ってきた。


「エミリアお嬢様、お食事をお持ちしました。あら? お医者様と司祭様は?」


「ありがとう。お二人はお帰りになったわ」


「そうでしたか。ゆっくり召し上がってくださいね」


 ずっと横になったままだったからか、椅子に座ると少し腰が痛い。


「マリー、色々ありがとう」


 お礼を言うと、マリーが瞳を潤ませた。


「えっ! どうしたの?」


「も、申し訳ございません……また、エミリアお嬢様にありがとうと言っていただけるのが、嬉しくて……ず、ずっと……ずっとあのまま目覚めないんじゃないかって不安で、悲しくて、怖くて……」


 私は立ち上がり、マリーをギュッと抱きしめた。


「心配かけてごめんね。三年間も私の面倒を診てくれてありがとう。あなたには感謝してもしきれないわ。本当にありがとう」


「いいえ、いいえ……っ! お食事の邪魔をしてしまって申し訳ございません。さあ、召し上がってください」


「ええ、ありがとう。いただきます」


 胃が縮まっていたみたいで、半分食べたところでお腹がいっぱいになってしまった。


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