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第十六話 ①


『カタリーナ、熱があるんだって? ああ、可哀相に……お父様とお母様が傍にいるからな。

安心して休みなさい。ああ、そうだ。何か食べたいものはあるか?』


『ううん……何も食べたくないの……喉が痛くて……あ……でも、桃なら……冷たい桃なら食べられそう……』


『桃か、季節外れだな……』


『あなた、難しいのでは?』


『うぅむ……』


『無理しないで……私なら、大丈夫だから……』


『いいや、お父様が何とかするから大丈夫だ。大切な娘のためだからな』



ああ、私──昔の夢を見ているわ。



『熱がある? エミリア、お前はジャック王子の妻となり、次期王妃となる人間だという自覚はあるのか?

自分の体調管理もできないのに、国民の上に立つ人間になれるのか?』


『お父様、ごめんなさい……』


『王妃になってから、大切な公務がある日に熱を出したらどうするつもりなの? 困った子ね……』


『ごめんなさい。お母様……』


『熱といっても、そこまで大したことはないのだろう? 今日は予定通りに授業を受けなさい』


『はい……』




一人になったときには、熱の辛さと悲しさが混じって、涙が出てきた。


カタリーナと自分の扱いを比べて、何度泣いたかわからない。


ジャック王子の婚約者じゃなかったら、私もカタリーナみたいにお父様とお母様に優しくしてもらえたのかしら。


こうして泣いているときに頭を撫でて、優しく抱きしめてもらえたのかしら?



嫌な夢を見てしまったわ。


ここしばらく、昔の夢なんて見てなかったのに……。


頭が痛い。それに胃が気持ち悪い。




ぼんやりと目を開けたら、知らない天井が見えた。


どうやらベッドの上に横たわっているみたい。




あれ、ここ、どこ?




「……っ……!」


声を出そうとして、口が布のようなもので塞がれていることに気付いた。


え! な、何どうなっているの


口だけじゃなく、手足も縛られていることにも気付いた。



なんで、私……。



必死に記憶を手繰り寄せていると──。


「上手くいったのね。ご苦労様、よくやってくれたわ」カタリーナの声が聞こえて、心臓が嫌な音を立てた。


カタリーナ……?


あ、そうだわ。私、カタリーナと話しているうちに眠くなって、それで……でも、どうして?


手足を縛られていて身体が動かせないから、声がした方に顔だけを動かす。


「は……はい……」


震えた声を出す侍女──見覚えがあるわ。


あっ! 私に飲み物を渡した侍女だわ!



「あら、お姉様、お早いお目覚めね。おはよう」



私が目覚めたことに気がついたカタリーナは、いつもと変わらない愛らしい笑みを浮かべた。


「んんっ!」


喋りたくても、口を塞がれているから話せない。


カタリーナは私に近づいてきて、クスクス笑う。


「うふふ、何をお話しになっているかわからないわ。でも、ごめんなさいね。外してあげられないの。だって、叫ばれたら大変だもの。ここ、デュランタ国城の中だしね」


え、そうなの!?


「そこにいる侍女のリタのお部屋を借りているのよ。ね、リタ」


言われてみると、マリーの部屋とそっくりだ。


「は、は、はい……」


侍女は私を見て、ガタガタ震えている。


震えたいのは、私の方よ!


「叫ばないって、お約束していただける?」


私はなんとか身体を起こして、コクコク頷いた。もちろん、叫ぶ気満々よ!


「……ふふ、でも、外してあげない」


…………はっ


「ただ、聞いただけよ。うふふ、期待しちゃった? お姉様ったら、可愛い」


イライラして、血管が切れそうだわ。


あの日私が見てしまった悪魔みたいなカタリーナの姿は、幻覚なんかじゃなくて、やっぱり現実だったのね。


「ふふっ、とか言って、外してあげちゃ~う」


そうカタリーナが言うと、しゅるっと口元の布が外されたが、即座にワインが口に注ぎ込まれた。


「げほっげほっ」


ワインが入ってくると思ってなかった私の喉は、アルコールで焼けそうになりせき込む。


「あははっお姉様! ワインもちゃんと飲めないなんてかわいそ~う。でも気持ちよくなってくるでしょ?」


そう楽しげにカタリーナが話しかけてくるが、ぐわんぐわんしてきて喋れる気がしない……このワイン、何か混ぜられているのね……。


これだと助けも呼べない!


「あのね、そこの侍女の恋人には、借金があってね。借金を全部返済するまでは、結婚できないって言われていて、この子も一緒になって借金を返しているそうよ。気の毒な話よね」


それが何? 今この状況と何の関係があるの? というか、その話って本当? なんだかよく聞く詐欺のような話だけど……。


カタリーナは私の耳元に唇を寄せ、侍女に聞こえないように小声で耳打ちしてくる。


「ふふ、借金なんて嘘……あの子、騙されてお金を巻き上げられているのよ。これは調べたから、確実……」


や、やっぱり……でも、それがなんだっていうの?


カタリーナは私から身体を離すと、リタの方に向かう。


「だからね、私が力を貸すことにしたの。私の願いごとを叶えてくれたら、彼の借金を代わりに返してあげて、二人が結婚できるようにしてあげるって」


願いごと……?


「ね、リタ?」


「……っ……ア、アタシ……アタシ、やっぱり……」


カタリーナはガタガタ震えるリタをギュッと抱きしめる。


「大丈夫よ。私がついているのだから、何も心配する必要ないのよ。約束通りことが終わったら、私があなたを逃がしてあげる。もちろん、一生涯贅沢できるお金もあげるわ。だから、ね」ちょっと! カタリーナが逃がしてくれるはずないでしょ! 利用されているだけよ! あ あっ! もう! 喋れないってなんてもどかしいのっ!




「さあ、お願い」


するとカタリーナは、何かをリタに握らせた。


え、何?


リタが握っていたのは、ナイフだった。


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