第十一話 ①
「エミリア、あちらに髪飾りの店がある。見に行ってみないか?」
「いいえ、私の物は大丈夫よ。それよりもハンスお兄様が行きたいお店に行きましょう」
翌日、ハンスお兄様の熱は下がり、二日後には元気を取り戻してくれた。
今日はこの前のお出かけを台無しにしてしまったから……と、ハンスお兄様が再び街へ行こうと誘ってくれた。
ちなみにレオンは誘ったのだけど、政務が忙しいから来ることができなかった。
すごく来たそうだったわ。ハンスお兄様と気が合うみたいだから、残念でしょうね。帰りに何かお土産を買って行ってあげましょう。
「私は特に行きたい店は、お前の興味があるところだ」
私に気を遣ってくれているのかしら。
「あ、エミリア、あちらに服屋がある。新しいドレスはどうだ?」
「着飾るものは特に興味がないわ」
「でも、昔はよく新しいドレスを仕立てていただろう?」
「あれは、好きだからそうしていたわけじゃなくて、ジャック王子の婚約者っていう立場では必要なものだったからよ」
社交界では、一度身に着けたドレスやアクセサリーをもう一度別の場で身に付けることは、とても恥ずかしいことだと言われている。なので、行事ごとに新しいドレスを仕立てて、新しいアクセサリーを身に着けていたのだ。
ああ、勿体ない!
社交界に出ることがない今、新しいドレスを仕立てる必要はない。
「勿体ない……」
マリーがポツリと呟き、大きなため息を吐いた。
「マリー、どうしたの?」
「こんなにもお美しいのに、着飾らないなんて勿体ないです!」
また、始まっちゃったわ!
「だって、着飾る必要がないのだもの」
「必要がなくても、着飾るべきです。こんなにお美しいのに着飾らないのは罪ですよ! 十八歳なんて、一番お綺麗な時じゃないですか! それなのに着飾らないなんて……」
「つ、罪って、そんな大げさな……」
「エミリア、服屋で新しいドレスを買って罪を償おう」
「ハンスお兄様まで!?」
「ハンス様、エミリアお嬢様は重罪なので、ドレスだけでは罪は償いきれません。どうか厳罰を与えてください」
「エミリア、ドレスを買った後、アクセサリー屋にも行って、罪を償おう」
「二人とも、私を罪人扱いするのはやめてっ!」
今日はハンスお兄様の好きなお店に行って、お兄様のことを色々知りたいと思っていたのに、なぜか私のドレスやらアクセサリーやらを買っていた。
一緒の屋敷で暮らしていても、あまり関わらないように暮らしてきたから、ハンスお兄様のことはよく知らない。
だから、今日は色々知りたかったのだけど……もしかしたら、ハンスお兄様も私と同じ気持ちなのかしら?
「エミリアの好きな色はなんだ?」
「ピンクよ」
「そうか。愛らしくて、お前にぴったりだ」
焦らなくてもいいわよね。誤解は解けたのだから、これからゆっくり兄妹として仲を深めていけばいいのだもの。
ドレスをたくさん買った後、私たちは近くのカフェに入った。
私は苺のたっぷり乗ったケーキ、ハンスお兄様はチーズケーキ、マリーはチョコレートケーキを頼んだ。
「私まで頼んで頂き、すみません。私は侍女なのに……」
マリーはケーキに手を付けず、恐縮して縮こまっている。
「マリーは家族だもの。一緒にケーキぐらい当たり前だわ」
「気にせず、早く食べなさい」
「はい、ありがとうございます」
とはいえ、私かハンスお兄様のどちらかが食べないと、マリーも遠慮して食べられないわね。
私はフォークでケーキに乗った苺を刺し、口に運ぶ。
前までは好きな物は、最後に食べる癖があったのだけど、死にかけて以来、人間いつ死ぬかわからないのだから、好きなものは一番に! という考えに変わった。
「うーん、苺が大きくて美味しいわ。モラエナの苺は酸っぱくて小さいのよね。こんな美味しい苺を食べたのは久しぶり」
「ああ、そうか、デュランタに呪われたから、良い作物が採れないのだったな。でも、輸入ができるだろう?」
「おばあさまは食材を輸入しない主義なのよ。領地の人たちが自国の不味い食材を口にしているのに、自分だけ美味しいものは食べられないって」
「おばあさまらしいな」
「心配していたわ。早く連絡してあげて」
「そうだな。手紙を出すことにしよう」
「あ、そうだわ」
私はポケットに手を入れ、あるものを取り出す。
「ハンスお兄様、これ、ありがとう」
取り出したのは、ハンスお兄様が探してくれたリボンだ。
「…………!」
この反応、ハンスお兄様もちゃんと覚えていてくれているみたい。
「それは、お前が幼い頃に付けていたリボンだな。それがどうかしたのか?」
ふふ、とぼけちゃって。
「モラエナを出発する時、おばあさまから受け取ったの。ハンスお兄様が一生懸命探してくださったって話も聞いたわ」
ハンスお兄様のお顔が、見る見るうちに赤くなる。あ、耳まで赤いわ。
「…………っ……おばあさま、内緒だとお願いしたのに……」
「嬉しかったわ。ハンスお兄様、ありがとう。大事にするわね。きっと今までも私が気付いていないだけで、色々と助けてくれていたのよね? 本当にありがとう」
「い、いや、そんな……」
照れくさいのを誤魔化すように、ハンスお兄様は紅茶ばかりをグビグビ飲む。
「……そうだ。エミリア、いつモラエナに帰る?」
「えっ」
「まさか、本当に第一王子の婚約者になるなんて言わないだろう?」
おばあさまには会いたい。でも、お父様とお母様の顔がよぎる。
レオンが言っていたように、いつまでもおばあさまの屋敷に居られるとは思えない。いつか政略結婚の道具にさせられる。
どうしよう。帰りたくない……。
「……えっと、ハンスお兄様は、いつお帰りになるの?」
「私はエミリアと一緒に帰ろうと思っている。一人で移動させるのは心配だからな」
「わ、私のことは気にしなくていいわ。マリーもいるし……」
「駄目だ。女性の二人旅は何かと危険だろう」
「……少し、考えさせて欲しいわ」
「わかった」
帰国のことを考えたら、胸の中が重苦しくなった。
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