第十話 ③
「ええ、私が作るわ。実は私、料理が趣味なのよ」
「知らなかった……」
「お父様に知られたら大変だから、隠していたの。すぐに作るから待っていてね」
「エミリアお嬢様、お手伝いします」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。マリーはハンスお兄様に付いていてくれる?」
「かしこまりました」
キッチンを借りて、食糧庫でメニューを考えているとレオンが来た。
「エミリア、何か手伝えることはあるか?」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。あの、熱が下がるまでは、お兄様も城に滞在させて貰えないかしら?」
「ああ、好きなだけ滞在してくれて構わない」
「何から何までありがとう。今、何を作るか考えていたところなの。前世なら体調を崩した時はお粥やうどんを作るところだけど、この世界の人には馴染みがないから、体調が悪い時には受け付けないかもしれないわよね……あ、そうだわ。パン粥にしましょう」
「パン粥?」
「そう、パンのお粥バージョンよ。パンなら馴染みがあるし、食べやすいんじゃないかしら」
「食べたことがないな。想像もつかない」
「ふふ、すごく美味しいのよ」
今朝作ったパンを一口大に切って、たっぷりの牛乳で浸しておく。
パンが牛乳を吸収している間に、りんごを小さな角切りに切って、バターと砂糖で炒めてしんなりしてきたらレモンを加えて火からおろす。
「アップルパイみたいな匂いがするな」
「ええ、これはアップルパイの中身の作り方と同じよ」
そうしているうちにパンがたっぷりと牛乳を吸っているから、火にかけて少し煮込んで、蜂蜜で少しだけ甘みを付けたらお皿に盛って、さっきの林檎を乗せて……完成!
「できたわ。りんご入りのパン粥よ。レオン、味見を手伝ってくれない?」
「もちろんだ」
小さめのお皿を二枚取り出して、私とレオンの分を取り分ける。
「はい、召し上がれ。熱いから気を付けてね」
「ありがとう」
レオンはスプーンですくうと、ふぅふぅ息を吹きかけてから口に運ぶ。
「ん……美味い。パンって牛乳と煮ると、こんなにプルプルした食感になるのか。りんごも美味い」
「美味しいわよね。昔……っていっても、前世の話なのだけど、近所の家の赤ちゃんが、これのりんごが入っていないものを離乳食で食べていたの」
「えっ! 離乳食なのか?」
「そうなのよ。でも、それが妙に美味しそうで……! 調べてみたら大人用のパン粥のレシピを見つけたから作ってみたら 、すごく美味しかったの。それもりんごを入れないレシピのものだったのだけど、食べ進めていくと飽きちゃって。それで、飽きずに食べられるアレンジはないかなーと思って、このレシピに辿り着いたの」
「すごいな。それにりんごが入っている方が、栄養がありそうだ」
「あ、美味しさを追求してそこまで考えてなかったけれど、言われてみればそうね」
私も食べてみる。
うん! やっぱり、美味しいっ!
牛乳を吸った優しい味のプルプルのパン、それに甘いシャキシャキのりんごとの組み合わせがすごく合う。
「じゃあ、運びましょうか」
ハンスお兄様の元へ戻って、ベッドの前にテーブルを置いて貰ってパン粥を置いた。
「ハンスお兄様、りんご入りのパン粥よ。熱いから気を付けて食べてね」
「パンがゆ?」
「ええ、美味しいから食べてみて」
「本当にエミリアが作ったのか」
「ええ、甘いものはお好きよね?」
一緒に暮らしていた時、コーヒーや紅茶には必ずお砂糖を入れていたし、お菓子も嫌な顔をせずによく食べていたから好きなはず。
「どうして知っているんだ?」
「一緒に暮らしていたのだもの。見ていたらわかるわ」
「……そうか、私のことを見ていてくれたのか」
ハンスお兄様は、少し照れくさそうに笑う。
「エミリアの父上と母上と妹は、甘いものは好きなのか?」
レオンが尋ねてくる。
どうしてうちの家族の話に?
「お父様は苦手なの。お母様とカタリーナは甘いものが大好きよ。それがどうかしたの?」
「そうか、家族の好みは、把握しているんだな。家族の好みは」
「おい、家族を強調するな」
ハンスお兄様が眉を顰め、レオンをジッと睨む。
「もう、いいから、早く食べて。何か食べないと、薬が飲めないんだから」
「ああ、そうだな。すまない。じゃあ、いただく」
ここに来るまでに、いい温度に冷めたみたい。ハンスお兄様は少しだけ息をかけて冷まし、口に運ぶ。
どうか、お口に合いますように……!
そう願いながら食べる様子を見守っていると、ハンスお兄様が目を見開く。
「…………美味しい」
「本当? よかったわ」
「ああ、すごく美味しい。エミリア、お前にこんな才能があったなんて驚いた」
「ありがとう。嬉しいわ」
半分ぐらい食べてくれたらいいなと思っていたけれど、ハンスお兄様はパクパク食べ進めて全部食べてくれた。
「美味しかった」
「ハンスお兄様、無理して全部食べたんじゃない? お腹は大丈夫?」
「ああ、無理して食べたわけじゃないから、大丈夫だ。食欲がなかったんだが、美味しくて気が付いたらなくなっていた」
「そう、よかったわ。はい、お薬も飲んでね」
「ああ、ありがとう」
これで熱も下がるわね。
「後はちゃんと寝てね。私、ずっと傍に付いているから」
「「えっ!」」
レオンとハンスお兄様が、同時に声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、嬉しいが、ずっと付いていなくても大丈夫だ。エミリアも病み上がりだしな」
ハンスお兄様の顔が赤い。熱が相当あるみたいね。早く解熱剤が効かないかしら。心配だわ。
「私はもう病み上がりなんかじゃないわよ。目覚めてから半年も経つし、元気いっぱいだもの。額にタオルを乗せるから、横になって」
「あ、ああ……」
氷水に浸したタオルを絞って、ハンスお兄様の額に乗せてあげる。
「エミリア、お義兄さんのことは、侍女に見て貰えるようにする。だから、エミリアは休んだ方がいい」
「レオン、ありがとう。でも、私が傍に居たいのよ」
私のために戦争へ行って、大変な思いをしたハンスお兄様……今日倒れたのも、戦争や慣れない国での暮らしで疲れていたからに違いない。
その気持ちはとてもありがたくて、同時に罪悪感でいっぱいになる。せめて傍に居て、看病がしたい。
「…………まずい。眠れそうにない」
ハンスお兄様が、ボソッと呟く。
「あ、駄目よ。ほら、私が見ていないと、絶対に起きて無理をするに決まっているわ」
「レオン様、エミリア様って相当鈍いですよね。ハンスさんが可哀相になってきました」
デニスさんがレオンに何やら耳打ちをしている。
何を話しているのかしら? あっ! とっくに政務に戻る時間よね!? きっと、戻って欲しいって言っているんだわ!
「レオン、ごめんなさい。もう、大丈夫だから、政務に戻って?」
「いや、俺もここにいる」
「えっ」
「レオン様、お気持ちはわかりますが、さすがにご政務をしていただかないと困るのですが」
「この部屋でやる。デニス、運んでくれ」
ええっ!?
「レオン、本当に大丈夫よ?」
「でも、心配なんだ。俺もエミリアの傍に居たい」
レオン……ハンスお兄様を心配してくれているのね。
相性が悪いかと思っていたけれど、実はいいのかしら?
そういえば、喧嘩するほど仲がいいっていうものね。相性が悪いと思ったのは勘違いだったのかもしれないわ。
「レオン、ハンスお兄様を心配してくれてありがとう」
「……いや、兄の方を心配しているのではなくて、エミリアが心配なんだが」
ふふ、素直になれないのね。
「ありがとう、レオン」
「レオン様、通じてませんよ」
「………………いいから、早く書類を持ってこい」
レオンって、本当に優しいのね。
マリーとデニスさんには下がって貰い、レオンと一緒にハンスお兄様を見守ることになった。お兄様は眠れないと言いつつ、しばらくすると寝息が聞こえてきた。
さっきまで罪悪感と心配で押し潰されそうだったけど、レオンが居てくれるからかしら。暗いことを考えないでいられる。
心地いい……。
ハンスお兄様を起こしてはいけないから、レオンとの会話は最小限にしていて、シンとしていることの方が多い。
でも、居心地が悪くない。むしろ、心地よく感じる。
お兄様の規則正しい寝息、私が持ち込んだ本のめくる音、レオンが書類にペンを走らせる音――聞いていると、なんだか落ち着く。
しばらくするとハンスお兄様の手が、ブランケットから出てくる。
「あら」
私はその手を握り、早く治りますように……と念を送り、再びブランケットの中にしまった。
「お義兄さんが羨ましい」
ハンスお兄様の額のタオルを取り換えていると、レオンがポツリと零した。
「え、何が羨ましいの?」
「エミリアに優しくして貰えて羨ましい。俺も優しくして貰いたい」
少しすねたように話すレオンは、大きいのに子供みたいに見えて可愛く感じる。
「ふふ、レオンったら、レオンが病気になった時は、こうして看病してあげる。でも、レオンには元気で居て欲しいわ」
「エミリアに看病して貰えるのなら、病気になっても構わない」
「ふふ、駄目よ。だって、レオンが病気になったら悲しいもの」
「それじゃあ、エミリアに優しくして貰えない」
「うーん……あ、じゃあ、レオンにもパン粥を作ってあげるわ。それならどう?」
「手も握って欲しい」
「手?」
席を立ってレオンの手を握りに行く。
「……っ……エ、エミリア……?」
「これでいい? でも、手なんて握ってどうす……あら? レオンの手、少し冷たくない?」
「そうか?」
「ふふ、寒いから握って欲しかったのね? もう、それならそうと言って。今、パン粥を作ってくるわ。温まるわよ」
そう言うと、なぜかレオンがガックリと肩を落とした。
相当寒いのね。早く作ってあげなくちゃ!
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