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第七話 ④


「そのリボン、お兄さんが探してくれたものか?」


「ええ、そうなの。ハンスお兄様には嫌われていたと思っていたから、探してくれていたなんて思わなかったわ」


「そういえば、妹の話は教えて貰ったが、お兄さんの話は聞いていなかったな。よかったら、教えてくれるか?」


「もちろんよ。ハンスお兄様は私より三歳上だから、今は二十一歳かしらね」


「俺より一つ上か。そしてエミリアは十八歳だったのか」


「レオンは二十歳だったのね。そういえば、お互い歳を言っていなかったわね」


「だな。再会できた奇跡に驚いて、他にも色々省いてしまっていそうだな」


「ふふ、そうね」


 レオンとは頻繁には会えなくても、手紙のやり取りはできるはずよね。長い付き合いになるだろうし、きっとどんどんお互いのことを知ることができるはず。


 それが嬉しくて、くすぐったくて、あったかくて、幸せな気分になる。


 胸の中がポカポカするわ。


「それで、どうして嫌われていたと思っていたんだ? 何か酷いことを言われたのか?」


「ううん、でも、態度がね。あ、嫌われてるわ~って感じるようなものだったのよ」


「例えば?」


「目も合わせてくれないし、話しかけても素っ気なくて、必要最低限しか話してくれないのよ。その日の機嫌が悪いとかじゃなくて、ずーっとよ。そんなことが続いていたら、嫌われていると思うじゃない?」


「そうだな。俺がエミリアでもそう思う」


「でしょう? だから私のためにリボンを探してくれたって聞いて驚いたわ。……もしかして、不器用な人だったのかしら。自分の感情を表現するのが下手な人だったのかもしれないわ」


 これは想像でしかないけれど、私が知らないところで、こういうこともあったのかもしれない。



「ハンスお兄様はね、実は養子なの」



「そうだったのか?」


「ええ、うちには後継ぎとなる男の子が生まれなかったから、養子に来て貰ったの。だから、正確には従兄なのよ。本当の家族じゃないから、感情を素直に出せなかったのかもしれないわ。血の繋がっている本当の家族にだって、感情を出すのは勇気がいることだもの」


 特に難しい年頃だったしね……。


 もし三年間寝たきりじゃなく普通に過ごせていたのなら、お互い大人になったことで兄妹として良い関係を築けていたのかもしれない。


「お兄さんは今、どこに?」


「……モラエナとデュランタの戦争に行って、行方がわからなくなっているの……生きているのか、死んでいるかもわからないわ」


「そうだったのか……国に帰ったら、調べてみよう。もしかしたら捕虜になっているのかもしれない」


「捕虜になっていたら、こちらに連絡が来ていないかしら?」


「貴族なら家名に傷を付けたくないと、身分を隠して平民のふりをしている可能性もある」


「……あ、そっか……そうよね」


 希望が見えてきた。


「ずっと胸に何かがつかえているみたいだったから、気持ちが楽になったわ。レオン、ありがとう」


 さっきよりお酒もアヒージョも美味しく感じる。


 レオンがパンを一つ手に取り、オイルに浸して齧る。


「ん、オイルに浸したパン、すごく美味い」


「美味しいわよね。残ったオイルでパスタを作っても美味しいのよ」


「それは美味そうだ」


「今日はそこまでオイルが残らなさそうだから、今度多めに残った時に作ってあげるわね」


「ああ、楽しみにしてる」



 風が気持ちいい。


「海の匂いって、不思議ね。嗅いでいると落ち着くし、なんだか懐かしく感じるわ。私たちの住んでいた町は海から遠かったのにね」


「そうだな。俺も落ち着くし、懐かしく感じる。人間の祖先は海にいたらしいから、血が懐かしんでいるのかもしれないな」


「なるほど……」


 レオンと一緒に居ると心地いいのは、前世の血がそう思わせているのかしら。……血? ううん、記憶っていうのかしら。ああ、難しいことが考えられなくなってきた。それになんだか、身体がポカポカして温かいわ。


「エミリア、眠いか? 少し顔が赤くなってきてる。酒が回ってきていないか?」


「ううん……あ……うん? 眠いかも、しれない……わ?」


 そっか……このポカポカは、お酒に酔ってきているからなのね。


「お酒っていいものなのね。美味しいし、心地いいし、とっても気分がよくなるわ」


 もう一口飲んだところで、グラスの中のお酒がなくなった。もう一杯注ごうとしたら、レオンが注いでくれる。


「それはよかった……が、あまり他の男の前では、飲んでほしくないな」


「え、どうして?」


「酒を飲んだエミリアは、いつも以上に可愛いからだ。他の男に見せたくない」


 お酒のせいで、男性と大変なことになってしまった……という話は、前世でも今世でも聞いたことがある。


「心配してくれて、ありがとう。でも、とんでもない失態を踏むほど飲んだりしないから安心して」


「……ちっとも伝わってないみたいだから、安心できないのだが」


「うん?」


 あれ? 私、意味を間違えてる?


 そこまで酔っていないつもりだけど、自覚がないだけで、実は結構酔っているのかしら。


「レオン、部屋の中にあるお水を貰っていい?」


 私が席を立つと、レオンも立ち上がる。


「俺が持ってくるから、座っていてくれ」


「ありがとう。でも、大丈夫よ」


 レオンに目を合わせようと顔を上げたら、夜空が視界に飛び込んでくる。


 ジャック王子の婚約者だった時、行事のたびドレスに合わせて、ネックレスやイヤリング……と、アクセサリーを新調してきた。


 でも、この満天の星空は、あの時に見たどの宝石よりも美しい。


「なんて綺麗な夜空なのかしら……あっ」



 夜空に夢中になりすぎて、少しよろけてしまうとレオンが支えてくれる。



「ありがとう。レオン」



「綺麗だ」



「ええ、本当に」



 レオンの金色の目が、私を真っ直ぐに見つめる。


 なんて綺麗な目なのかしら……。


「この夜空よりも、エミリアの方がずっと綺麗だ」


「……ふふっ」


 思わず笑ってしまう。


「え、どうして笑うんだ?」


「だって、レオンったら、お酒に強いって言っていたのに、全然強くないのだもの。待っていて。今、レオンの分も水を持ってくるわ」


 するとレオンが自分の額を押さえて、大きなため息を吐いた。


「え、どうしたの? 頭が痛いの? 大丈夫?」


「いや、違う。大丈夫だ。ただ、予想以上に手強いと思っているだけだ」


 どうしましょう。言っている意味がわからないわ……! レオン、相当酔っているのね!


「ま、待っていて。すぐ! すぐだから!」


「いいから、エミリアは座っていてくれ」


「ええ? でも……」


「いいから」


 強引に座らされてしまった。酔っているのに、レオンがお水を取りに行く足取りは、しっかりしている。


 一見、酔っているようには見えないのに、すごく酔っているのよね。レオンって、面白いわ。


「持ってきたぞ」


「ありがとう」


 お酒で火照った喉に、水が流れていくのが心地いい。


「お酒、美味しかったわ。今度また手に入れる機会があったら、一緒に飲んでくれる?」


「ああ、もちろんだ」


「ありがとう。約束よ」


「約束だ」



 小指を出すと、レオンがすぐに小指を絡めてくれる。この世界ではない約束の方法、でも、私たちにとっては馴染み深い方法だ。



 また、楽しみが増えたわ。



 刺された瞬間から失ったものがたくさんある。でも、得たものの方が多いし、私にとってはあの空に輝く星よりも輝いていた。


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