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第七話 ①


 デュランタへの道のりは、馬車で半日、船で二日かかるそうだ。


 王都からおばあさまの屋敷までは一人だったので、お尻の痛みを感じるたびに悲鳴をあげていたけれど、誰かが一緒となるとそうはいかない。


 現在私は、気合いで声を我慢していた。


「エミリア、大丈夫か?」


「大丈夫……よっ……うぐっ……」


 実は大丈夫じゃないのよ。ものすっごく辛い!


 声に出さないけど、表情に出てしまっているみたいで、みんなが心配して声をかけてくれる。


「エミリアお嬢様、もう少しすれば整備された道に出るので、そこまでの辛抱ですよ」


「いや、しっかし揺れますね~」


 みんなは私と違って、涼しい顔だ。


「み、みんなは、平気なの……? 痛くない?」


「ああ、俺は大丈夫だ」


「僕も平気ですよ」


「私も平気です。お嬢様」


「え、えぇ~……」


 どうして? みんなのお尻は、鋼鉄なのかしら? それとも私のお尻が軟弱なの?




 みんなのお尻を羨んで数時間、ようやく整備された道に出て快適な乗り心地になった。


 さっきは痛みで会話どころじゃなかったけれど、心地いい乗り心地になると余裕が出てくる。


「デニスさんは、公爵家のご子息だったんですね」


「ええ、父上はまだまだ元気なので、跡を継ぐのはうんと先になりそうです」


「元気なのが一番ですよ。いつからレオンの側近なんですか?」


「十五歳からなので、もう五年になりますね。僕とレオン様は同じ歳で、実は幼馴染なんですよ。なので幼い時からずっと一緒なんです」


「まあ、そうだったんですね」


 私には幼馴染と言える存在はいなかったから、羨ましいわ。


「はい、なので僕はレオン様の小さい頃からの色んな話を知っているので、何か気になることがあれば、いつでも聞いてください」


「えっ! いいんですか? 色々お聞きしたいです」


「おい、本人を目の前にして、そういうやり取りはどうなんだ? デニス、エミリアに変なことを言ったら承知しないからな」


「お任せください。側近としても、幼馴染としても、レオン様の恋が成就して欲しいですからね。レオン様の株を上げる話をしますよ」


 レオンは私にデュランタの永住権をくれようとしているだけなのに、勘違いされているわ! レオン、いいの!? ちゃんと否定して!


「ああ、よろしく頼むぞ。しっかり株を上げてくれ」


 否定して――……!


「レ、レオン!」


「どうした?」


「どうしたじゃないでしょう! 私のこと好きだって勘違いされてるけど、いいの? よくないでしょ?」


「勘違いじゃないから、構わない」


 いやいや、違うでしょう!


 あっ! 好きじゃないって言ったら、デニスさんが結婚を止めると思っているのかしら。いいのよ! むしろ止めて貰うべきなのよ!


「マリーさんは……」


 ああ、否定されないまま、次の話題に移ってしまいそう。


「マリーとお呼びください。レオン王子」


「じゃあ、マリーは、いつからエミリアの侍女に?」


 移ってしまったわ……。


「エミリアお嬢様が十歳の頃からです」


「そんなに前からか。子供の頃のエミリアは、どんな子だったんだ? 愛らしかったんだろうな。まあ、今も愛らしいが」


「ちょっ……レオン……」


 そんなことを言ったら、ますます誤解されてしまうわ!


「あ、エミリア、すまない。愛らしいだけじゃないな。可愛いし、とても綺麗だ」


 いや! そういうことじゃないのよ!


 デニスさんが微笑ましいと言った様子で口元を綻ばせて、うんうん頷いている。


 ああ、さらに誤解されているわ。


 もう、下手に誤解を解こうとするのは、やめましょう。ますます誤解を生むことになるもの。


「ええ、それは、もう! モラエナ国……いえ、全世界で一番愛らしく、可愛らしい、天使のようなお嬢様でした。まあ、大人になった今も全世界一愛らしく、可愛らしく、天使のようなお嬢様ですが」


 褒めてくれるのは嬉しいけれど、照れくさくて顔が熱い。



「素晴らしいのは、外見だけではございませんのよ。エミリアお嬢様はとても努力家で、お優しく、私はエミリアお嬢様が大好きなんです」



「マリー、ありがとう。私もマリーが大好き」



 隣に座っているマリーの手をギュッと握る。マリーの手は、いつだってとても温かい。


「エミリアお嬢様……ああ、もっと早くからお仕えしたかったです」


「エミリア……ラクール公爵家に仕える前は、別の屋敷にいたのか?」


「はい、ラクール公爵家と親交のある伯爵家に、二年ほどお仕えしておりました。私はそちらのお嬢様に酷く嫌われておりまして、正直地獄のような毎日を送っていたのですが……エミリアお嬢様が救ってくださったんです」


 懐かしいわ。当時の光景を思い出すと、腸が煮えくり返りそうになる。


「はい、たまたまエミリアお嬢様のお母様のラクール夫人とエミリアお嬢様がお茶会にいらっしゃいまして、年頃が近いからとあちらのお嬢様とエミリアお嬢様が一緒に遊ばれることになったのです」


 マリーが家に来てくれる前は、ラシーヌ伯爵家にいた。その一人娘、クロエ……次期王妃の私にはペコペコしていたけれど、自分より目下と認識した者には、酷い扱いをする嫌な人だった。


 あの日はマリーが用意してくれたお茶が不味いと言って、淹れたての熱いお茶をマリーにかけたのよ。


「エミリアお嬢様は私が酷い目に遭わされたところをご覧になって、お嬢様を酷く叱りました。そして私をラクール公爵家に連れて帰ってくださったのです。エミリアお嬢様にお仕えできて、私はとても幸せです」


「私もマリーが傍に居てくれて幸せよ。子供の頃も、ずっと意識がなかった時も、今も、いつも助けてくれてありがとう」


「いいえ! いいえ! 私の方こそありがとうございます……!」


 マリーが居てくれなかったら、今頃どうなっていたかわからないわ。


 マリーは私のことばかり優先して、自分のことはおざなりにしてしまう人だから、もっと自分を大切にして、幸せになって欲しい。



「レオン王子、どうかエミリアお嬢様と結婚される際には、どうか私をエミリア様の侍女としてお傍に置いていただけませんか?」



「マ、マリー!? 何を言っているの!」


 結婚しないわよ! レオンの善意に付けこむわけにはいかないのよ!


「ああ、エミリアが望むのなら」


 マリーは私の方を向いて、キラキラした目を向けてくる。


「私もマリーとずっと一緒に居たいわ」


「エミリアお嬢様~……っ! 嬉しいです。ずっとお傍に置いてくださいね」


「ええ、もちろんよ。涙を拭いて」


 涙目になるマリーに、ハンカチを渡す。


「勿体なくて使えません!」


「ハンカチは使うものなのよ」


 レオンと結婚はしない……と繋げたかったのに、マリーの涙を拭っているうちに馬車が停まって降りることになったので、否定できなかった。


 うーん……みんな誤解してるみたいだけど、大丈夫かしら。まあ、また、ちゃんと訂正するチャンスがあるはずよね。




 扉が開くと、潮の香りがした。


 わー! 海の香りだわ! 前世では何度か行ったことがあるけど、今世では初めて! ワクワクしちゃうわ!


 レオンが先に降りて、私に手を差し出してくれる。


「足元に気を付けて」


「レオン、ありがとう」


「どういたしまして」


 馬車から降りる時は、いつもこうして誰かが手を貸してくれる。


 でも、前世の記憶があるからかしらね。レオンにそうされると、なんだか少し気恥ずかしく感じてしまうわ。


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