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第六話 ③


 夕食を終えた後に入浴を済ませた私は、ベッドに入らず再びキッチンにきてお菓子作りに励んでいた。


「できたわ」


 アップルパイの完成!


 ナイフで切り分けると、サクッといい音がする。


 うふふ、この音大好きっ!


 モラエナ産の酸っぱい林檎はバターで炒めて、蜂蜜で甘く煮詰めてある。


 サクサクのパイと林檎の甘煮の組み合わせって本当に最高! 誰が考えたんだろう。天才だわ!


 ちなみにシナモンは入れていない。理由は単純、私が苦手だからだ。


 アップルパイと紅茶を二人分持って、レオンが使っているゲストルームへ向かう。


 色々話したいことがあったのに、さっきは幸せ過ぎて、胸がいっぱいになってしまって、全然話せなかった。


 これでお茶をしながら話すのよ。だって、明日でしばらくお別れだもの。


 屋敷の中は静まり返り、ケーキと紅茶を乗せたカートの音がやけに大きく聞こえる。


 みんなもう眠ったのかしら? そうよね。もう、こんな時間だもの。普段なら私もとっくに眠っている時間だわ。


 普段……。


 ジャック王子の婚約者だった時は、もっと起きて勉強していたのよね。


 奴と本当に結婚していたら、今度は政務に追われて(自分の仕事の他にジャックの分の仕事を押し付けられるに決まってるもの)また寝不足だったに違いない。


 カタリーナの策中にはまったのは悔しいけど、刺されてよかった! 眠っていてよかった! こうして目覚められてよかった~……!


 ゲストルームの前まで辿り着いたところで、ハッと我に返る。


 この時間、みんな寝てる! レオンだって寝てるでしょ! しかも、長旅で疲れてるんだもの! 絶対寝るわ! 寝るっていうか、もはや気絶に近いでしょう!


 どうしてこのタイミングで気付くのかしら! 完全に友達と再会できたことで舞い上がって、脳が働いてなかったわ。


 でも、ノックする前でよかった。


 戻ろうとしたら、扉が開いた。


「あっ」


 レオンがキョトンと目を丸くする。


「エミリア、どうしたんだ?」


「ごめんなさい。カートの音で起こしちゃった?」


「いや、寝てなかったから、大丈夫だ」


 本当? 私に気を遣って嘘を吐いているんじゃない?


 レオンの顔を見ると、確かに寝起き……という顔ではなかった。


 よかった。本当に起きていたのね。


「あのね、アップルパイを焼いたの。よかったら、これからお茶をしない? あっ! でも、もう寝るのなら断ってね」


「いや、寝ないから大丈夫だ。お茶をしよう」


 よかったわ!


「入ってもいい?」


「どうぞ」


 私が持ってきたカートをレオンが代わりに運んでくれる。テーブルの上にアップルパイを並べて、ティーポットからカップにお茶を注ぐ。


「いい香りだな」


「とっておきの茶葉よ。さあ、どうぞ。あ、アップルパイは焼き立てで熱いから、気を付けて食べてね。表面はちょうどいい温度だけど、中はまだかなり熱いと思うわ」


「わかった。いただきます」


 美味しいって思って貰えるかしら……。


 ドキドキしながら、アップルパイを口に運ぶレオンを見守る。



「……ん、美味しい」



「よかったわっ!」


「アップルパイって独特の匂いがあって苦手だったけど、エミリアのアップルパイはそんな匂いがしなくて、すごく美味しい」


「あ、シナモン? 私も苦手だから入れていないのよ」


「そうだったんだ。一緒だな」


「ふふ、お揃いね。手作りすると自分の好みの味に寄せられるからいいのよね」


 さてさて、どんなお味かしら。


 林檎の甘露煮は味見したけど、アップルパイにしてからはしてないのよね。


 私もアップルパイを口に運んでみた。


 うん! うんうん! パイはサクッとして、林檎の甘露煮はシャクッ! とした歯ごたえが残っていて、噛むとジュワッと林檎と蜂蜜の甘味が口いっぱいに広がる。


 我ながら、美味しくできているわ!



「エミリアは、いつもこんな時間まで起きているのか?」


「まさか! ジャック王子の婚約者だった時は、朝まで勉強していたものだけど、今は日付を超える前に寝ることが多いわ」


「健康的でいいな」


「ええ、レオンは? いつもこんな時間まで起きているの?」


「政務が立て込んでいる時は遅くまで起きていることもあるが、普段は寝ている時間だ」


「今日も政務が残っているの?」


 他国に来てまで大変ね。食事も満足にとれていないみたいだし、身体を壊さないか心配だわ。


「いや、残っていない」


「そうなの? あ、じゃあ、眠れないとか?」


 枕が変わると眠れない人もいるっていうわよね。レオンもそういうタイプなのかしら。


「ああ、まさか再会できると思っていなかったエミリアが、同じ屋敷内に居ると思ったら舞い上がって眠れなかった。起きていたら、また話せるチャンスがあるんじゃないかって思って……」


 枕じゃなかった! 嘘! レオンもそう思ってくれていたなんて!


「私もなの! 夕食の時は胸がいっぱいになってしまって少ししかお話できなかったから、夜に少しお話ができないかしら? と思って、アップルパイを作ってきたの。でも、部屋の前で冷静になったのよ。あ、もう、普通は寝てる時間だわって」


「期待して、起きていてよかった」


「ふふ、でも、ノックする前に出てきたから驚いたわ。カートの音、そんなに大きかった?」


 だとしたら、ここに来るまで眠っている誰かを起こしてしまったかもしれないわ。


「いや、この身体は耳がいいみたいで、よく聞こえるんだ」


「そうなの? すごいわね」


「ああ、おかげで、暗殺者が近付いてきたとしてもすぐに気付いて、対処することができるから便利なんだ」


「ふふっ! やだ、もう、暗殺なんてあるわけが……」


 あったわ! 現にジャック王子に毒殺されそうになっていたじゃない!


 レオンと再会して、舞い上がっていたからかしら。今が前世みたいに、平和な世界なような気がしてしまったわ。


 普通に物騒なのよね。私も背中を刺されたわけだし。


「レオンも大変なのね」


「大丈夫だ。一度に十人ぐらいなら倒す自信はある」


「え! すごい! 強いのね。武器を使って? それとも素手で?」


「剣を使ってだ。素手だったとしても、途中で相手から武器を奪えばいいから大丈夫だ」


「うわー! すごい!」


 レオンが少し気恥ずかしそうに笑い、アップルパイをもう一口食べる。


「……まあ、剣や武術ができても、毒殺されそうになったが」


「和平交渉の場だもの。温情をかけてあげた敵国の王子に毒を盛られるなんて、思ってもみないでしょう」


 ジャック王子がクズなのがいけないのよ。


「いや、可能性としてはなくはなかった。今後はもっと警戒する」


「ええ……ジャック王子みたいな最低な人間が、他にもいるかもしれないものね」


 私も護身術として、剣を習ってみようかしら。包丁の扱いなら得意だし、剣もいけそうな気がするわ。


「だから、エミリアがデュランタに来た時には、しっかり守るから心配しないでくれ」


「ありがとう。いつになるかわからないけれど、遊びに行ける日が来るのが楽しみ!」



 レオンがフォークを置いて、テーブルにあった私の手を握る。


「レオン?」



「明日、俺と一緒にデュランタへ行かないか?」


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