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第五話 ①


「そういえば、レオンはこんな田舎にどうして来たの?」


「今、モラエナはデュランタの監視下にあるんだが、最近この町で妙な動きがあったものだから、直接見に来たんだ」


「妙な動き? なんだか物騒な話ね……」


 うちの領地で物騒な話はごめんだわ。おばあさまの耳に入れたくない。心労でまた体調を崩されてしまうかも……。


「心配しなくて大丈夫だ」


「そうなの?」



「ああ、原因はエミリアだったからな」



「えっ! 私?」



「この町の何の変哲もないレストランにやけに人が集まっているって情報が入ってきて、反乱因子があるんじゃないかと疑ったんだが、純粋にエミリアの料理が美味しいからだったな」


 お客さんがたくさん来てくれて嬉しいとは思っていたけれど、まさかデュランタに疑いをかけられるほどまでだったなんて……。


「そ、そうだったの」


 ……えへへ!


 どうしよう! 嬉しさが隠せない! 顔がにやけてしまう。


「エミリア、一つ頼みがあるんだけど、聞いて貰えないか?」


「えっ! 一つと言わず、二つでも三つでもいいわよ。何?」


 そう答えると、レオンは嬉しそうに笑う。


 もちろん社交辞令なんかじゃない。友達の頼みなら、力になってあげたい。それが友達ってものだ。


「ありがとう。エミリアの作った料理が食べたい。特に肉じゃが」


「もちろん! あ、でも、お腹いっぱいじゃなかったの?」


「いや、むしろ減ってる」


「そうなの? さっき飲み物しか頼んでなかったから、お腹がいっぱいなのかと思ってたわ」


「ああ、実はなんというか……」


 レオンが言いにくそうにする。


「何? あ、さっきはお腹が痛かったとか? 大丈夫?」


「いや、違う。……情けない話なんだが、毒殺されそうになってから、食事が苦手になって、外では絶対に食べられないんだ。毒検知の魔道具を使って調べて大丈夫でも、身体が受け付けなくて」


「そ、そうだったのね……!」


 ジャック王子! あのクズ! ドクズ!


 そういえば飲み物も全然減っていなかったわ。きっと飲み物も駄目なんだわ。可哀相なレオン……。


 情けなくなんてない。あんなことがあったら、食事が苦手になっても無理はない。


 生きていく上で食事はとても大切なものなのに、あのクズ王子、なんてことしてくれるの!



「でも、エミリアの作った料理なら、食べられる」



 信頼してくれているのね。嬉しいわ。


「すぐに持ってくるわ! すぐだから! 待っていて!」


「ゆっくりで大丈夫だ」


「すぐだから!」


 私はものすごい勢いで階段を下りて、キッチンに飛び込んだ。ジョエルが慌てて追いかけてくる。その後ろにはデニスさんも付いてきていた。


「お嬢! 大丈夫でしたか!?」


「ええ、大丈夫よ。料理を持って、またすぐに戻るから」


「料理? まさかレオン王……いえ、レオン様にですか?」


 デニスさんが表情を曇らせる。側近の彼は、レオンの事情を知っているはずだから、心配しているのだろう。


「ええ、レオンが食べたいって言ってくれたので」


「えっ! レオン様が!? ほ、本当にレオン様が召し上がりたいと?」


「はい」


「えええええっ! あっ……ありがとうございます! ありがとうございますぅぅぅ!」


 すっごく心のこもったお礼を言われてしまった。食事のとれないレオンをとても心配していたに違いない。


 アンヌさんに料理の代金は私のお給料から引いて貰えるようにお願いしたのだけど「エミリアちゃんにはお世話になってるから気にしないで! 好きなだけ食べて貰いなさい」と言ってくれた。


 レオンのリクエストの肉じゃが……だけじゃ足りない。できるだけ早くできるものを用意していく。


 前世でも食べて貰った卵焼きと、チーズ乗せオニオンスープ、事前に作っておいたりんごのキャラメル煮を乗せたパンケーキ(張り切りすぎて三段になっちゃったわ)をトレイに乗せて運ぶ。


「うっ……結構重いわ」


 ここでお手伝いをするようになってから、結構力がついたと思ってたけど、結構な重さに手がプルプル震える。


「お嬢、俺が運びますよ」


 ジョエルが私の手からトレイを受け取った。さすが騎士! 小石でも持ち上げるかのように軽々と持っている。


「ありがとう! 助かるわ。じゃあ、お願いできる?」


「いいですよ。それよりも、さっきの男……本当に大丈夫なんですか?」


「心配してくれてありがとう。大丈夫よ。彼は私の旧友なの」


「え、そうだったんですか? じゃあ、貴族で?」


「ええ、デュランタ国のレオン王子よ」


「ええ!? デュランタの!? はぁぁ~……お嬢って顔が広いんですね」


「ふふ、とてもいい人よ。自分の命が危ないのも顧みず、私を助けてくれたこともあるんだから」


「おお! 素晴らしい人ですね」


「でしょう?」


 ジョエルに手伝って貰って、レオンの元へ戻った。


「レオン、お待たせ!」


「失礼します」


「ジョエル、ありがとう。後は下でアンヌさんの手伝いをしてくれる?」


「了解っす!」


 ジョエルからトレイを受け取ろうとしたら、レオンが代わりに受け取ってくれた。


「俺が運ぶよ」


「レオン、ありがとう」


「肉じゃがだけじゃなくて、こんなに作ってきてくれたのか?」


「多すぎたかしら?」


「いや、腹がはち切れても全部食べる」


「ふふ、いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、無理しないでね」


 ジョエルは私とレオンを交互に見て、ニヤリと笑う。


「ジョエル、どうしたの?」


「いや、ふへへ! なんでもないです。じゃっ! お邪魔虫は退散しますんで! ごゆっくり!」


 ジョエルは締まりのない顔のまま出て行った。


 一体、どうしたのかしら?


「エミリア、今の人は?」


「おばあさまの家の護衛騎士で、今日は私を護衛してくれているの。ジョエルっていうの。気さくでいい人よ。さあ、冷めないうちにどうぞ」


 テーブルに着いて、レオンが食べるのを見守った。


 味には自信があるけど、レオンに食べて貰うとなるとなんだか緊張する。


 それにしても、こちらの世界でもイケメンだわ。食べている姿が、絵画みたい!



「美味しい」



 その表情は前世と同じで、なんだかホッとする。


「本当? よかった!」


「ああ、相変わらず美味しいな。食材は他国から輸入しているのか?」


「いいえ、全部モラエナで採れたものよ」


「モラエナの食材で? 日照不足でまともな作物が採れないんじゃなかったのか?」


「下ごしらえや調理方法を工夫して、なんとか美味しくしてるのよ」


「なるほど……エミリアはすごいな」


「前世でおばあちゃんに色々教えて貰ったおかげよ」


 レオンの食べっぷりは気持ちがいいほどで、私は彼が食べる姿を夢中になって眺めた。


 前世の記憶を思い出してから、自分だけがこの世界で異質なものに感じて心細かった。でも、レオンに再会して、美味しそうに食べる顔を見ていたら、そんな気持ちはどこかへ行ってしまった。


 再会できて、本当によかった。


 レオンはデュランタの人だし、これからそう簡単には会えないわよね。同じ国に生まれられたらよかったのに……。


 ううん、こうして再会できたのは、奇跡みたいなものだもの。贅沢を言っちゃいけないわ。


「エミリア?」


「! 何? やっぱり多かった?」


「いや、そうじゃなくて、表情が暗いからどうしたのかと思って」


 やだ、表情に出ちゃってたのね。


「ううん、大したことじゃないのよ」


 本当のことを言ったら、レオンを困らせてしまうわ。誤魔化さないとね。


「えーっと……肉じゃがのお供は、やっぱりお米がいいと思って。私、前世を思い出してからずーっとお米が食べたくて仕方がないのよ」


「そうだったのか。デュランタにはあるぞ」


「えっ! 本当!?」


「ああ、友好国から送られてくるもので、うちで栽培されたものじゃないけどな」


「うわぁ~……いいなぁ」


 お米……お米……もう、お米のことで頭がいっぱい!


「エミリア、うちの国に来たらどうだ?」


「えっ! いいの? いつか旅行に行きたいわ!」


 デュランタの人がモラエナに来るのは許されそうだけど、やらかしてしまったモラエナからデュランタへの移動は、情勢的に許されるのかしら。しかも私は、ジャック王子のもと婚約者だし……。


「いや、旅行とかじゃなくて」


「うん?」


 旅行じゃないの?


「……その、旅行とかじゃなくてだな」


 レオンの頬が少し赤い。


 どうしたのかしら。すごく言いにくそうだけど……あ、わかった!


「あっ! 大丈夫よ。今すぐ行きたいだなんて我儘を言うつもりはないわ。今は大変な時だもの。情勢が落ち着くまでは、ちゃんと我慢するつもりよ」


「い、いや、そうじゃなくて」


「違うの?」


 レオンは少し目を泳がせ、やがて私の目を真っ直ぐに見て口を開いた。


「旅行じゃなくて、俺の妃としてデュランタに来てくれないか?」


「……えっ! 私がお米に飢えてるから!? だ、大丈夫よ。たまに食べることができれば、毎日食べられなくても我慢できるわ!」


 お米に食いつき過ぎちゃったわね! レオンに気を遣わせてしまったわ。



「いや、そうじゃない。俺はずっと……前世からエミリアのことが好きだった。だから、俺の妃としてデュランタに来て欲しい」



「えっ……えぇっ」



 レオンが私を!?


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