第一話 ①
私、エミリア・ラクールの朝は早い。
「エミリアお嬢様、おはようございます。朝ですよ」
侍女のマリーに起こされ、重い瞼を開ける。
外は薄っすらと明るくなってきているけれど、まだ四時……人によっては、朝というよりも夜という人もいるのかもしれない。
「ううーん……マリー、おはよう」
「昨日は何時まで起きていらっしゃったのですか?」
「記憶にあるのは、二時くらいよ。途中で寝てしまったみたい」
ベッドの下に落ちていた本をマリーが拾ってくれる。
変な折れ目が付いていないことを確認し、机の上に置いた。私の住む国、モラエナ国 と友好条約を結ぶカルミア国の公用語の教科書だ。
「二時間しか休まれていないじゃないですか! 睡眠不足は身体に毒ですよ」
彼女はマリー・モデュイ、私が十歳の時から面倒を見てくれている侍女だ。
結い上げたチョコレート色の髪は、おろすと肩を少し越すぐらいまでの長さ。大きな目は深い森の色をしている。
六歳年上だけど、童顔なので私と同じぐらいに見られがち。
マリーはそのことをかなり気にしているみたいで、私服は大人びたものを選ぶようにしているようだった。
「ええ、そうね。ほどほどにしないといけないとは思っているのだけれど、ついね」
王妃になれば、カルミア国との外交もある。
通訳を通すよりも、自分で話せた方が色々と都合がいい……ということで、完璧に話せるようにした上で、手紙のやりとりも考えて書けるようにならないといけない。
でも、まだ私は話すことで精いっぱいだった。しかもペラペラ話せるわけじゃなくて、かなりたどたどしいし、読むことはなんとかできても書くことは大分危うい。
今日はカルミア語の授業があるから、もう少し書けるようになりたかったけれど、眠ったらせっかく覚えた単語が、いくつか飛んだ気がする。
カルミア語だけじゃなくて、友好国の言語は全部覚えなければならないし、王妃として学ばなければいけないことは星のようにあって、いくら時間があっても足りない。
睡眠時間はしっかり確保しないと身体や美容にも悪いし、眠った方が学習効率は上がるとわかっていても、つい焦って深追いしてしまう。
今すぐ目を閉じてしまいそう……でも、顔を洗ったらそこそこ開けていられるようになった。ドレスに着替えて、鏡台の前に座る。
腰まであるお母様譲りのプラチナブロンドをマリーが丁寧に梳いてくれた。
櫛が入った瞬間は真っ直ぐで、通り過ぎるとすぐに波打つ。この髪質は若い頃のおばあさまと同じらしい。
菫色の目はお父様と同じで、両親ともに整った容姿をしている恩恵で、私も恵まれた容姿をしている。
自分で言うなと言われそうだけれど、心の中での話だもの! どうか許して欲しいものだわ……って、誰に言っているのかしらね。
「せっかくの綺麗なお肌が少し荒れていますよ。朝はしっかり保湿して、夜はパックしましょう」
「ええ、ありがとう」
「パックしても眠らないと駄目ですよ? エミリアお嬢様はまだ十五歳で成長期なのですから、しっかり眠らないと育つものも育ちませんよ」
十五歳――『まだ』じゃなくて『もう』十五歳、来年にはジャック王子と結婚しないといけないのね。
ずっと決まっていたことなのに、目前に迫ると胸の中に黒い霧がかかったように感じる。
「そうね。今日はできるだけ早く眠るわ」
「……それ、いつも言いますよね?」
鏡越しにマリーに睨まれ、苦笑いで誤魔化す。
「今日こそ寝るわ」
「約束ですよ?」
「ええ、約束するわ」
……多分、明日もマリーに怒られることになりそう。
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