第二話 ⑨
「料理? エミリアお嬢様が?」
「いいから、早く!」
トマトとレモンを持って、驚くアシルに案内して貰ってキッチンへ向かった。
「えっ! エミリアお嬢様が料理を? そんな仕事は私がやりますので……!」
「私がやりたいのよ。キッチンを借りるわね」
シェフのドニ、そしてアシルが見守る中、調理を始めた。
まずはトマトの味見……。
「……うっ……酸っぱ! 」
これは前世の家庭菜園のミニトマト以上の酸っぱさと青臭さだわ。
「エミリアお嬢様、そのトマトはとても調理なしでは召し上がれませんよ」
「ええ、わかっているわ。でも、どんな味か知っておきたかったの」
熱湯を用意してサッとトマトをくぐらせて皮を破り、すぐに冷水につけて皮を剥く。ツルンと剝けるのが気持ちいい。
「お嬢様、なぜこんなことがおできになるのですか?」
そうよね。貴族令嬢は料理なんてしないもの。前世で経験があるから! なんて言えるわけもないし、それらしい言い訳を考えなくちゃ!
「えぇーっと……本! そうだわ。本を読んで勉強したのよ」
「そうだったのですね。さすがエミリアお嬢様!」
褒められると、嘘を吐いた罪悪感がチクチク刺激されちゃうわ!
深さのある容器に、トマトが重ならないように並べる。そして蜂蜜をたっぷりかけて、絞りたてのレモン汁を少々かける。
うーん、レモンってなんでこんなにいい香りなんだろう。搾りたては特に最高!
この世界には前世みたいに電化製品はないけれど、代わりに魔道製品というものが流通していて、前世でいうところの冷蔵庫や冷凍庫っぽいものがある。電気の代わりに、魔法石という大量の魔力が入った石を入れて使う。
ちなみに魔道製品も魔法石もとても高価なので、貴族しか所持も維持もできない。
冷蔵庫にトマトを入れて、一時間ほど……いや、二時間は漬けた方がいいかも。
「片付けをしたら、一度部屋に戻るわ。アシル、二時間経ったら教えて貰える?」
「エミリアお嬢様に片付けなんてさせられません! 私がやりますので、どうぞお部屋に戻ってゆっくりなさってください」
使用済みの調理器具に手を伸ばそうとしたら、ドニが両手を広げて立ちふさがる。
「そう? 悪いわね」
「とんでもございません!」
お言葉に甘えて部屋に戻らせて貰い、二時間後にまたキッチンに戻ってきた。
冷蔵庫からトマトを取り出して、アシルとドニが見守る中、一粒味見してみる。
昔食べた甘酸っぱい味が口の中に広がり、美味しさのあまり「んー!」と声を上げてしまう。
「エミリアお嬢様、大丈夫ですか? ドニ、口直しに何かお持ちしろ」
「はい!」
ドニが慌てて砂糖を掴んだのを見て、慌てて止める。
口直しに砂糖を舐めさせるつもりだったの!?
「ち、違う! 二人とも食べてみて!」
二人が「えっ」と眉を顰める。
無理もないわ。素のトマトは、相当不味かったもの。
「大丈夫、ちゃんと美味しくなってるから! ほら、早く食べてみて」
二人は眉を顰めながら、恐る恐る口に運ぶ。咀嚼した瞬間、口を押えて笑みを浮かべた。
「……えっ……美味い! エミリアお嬢様、すごく美味いです!」
「トマトとは思えない。果物みたいです。いえ、果物以上です」
自信はあったけど、こうもいい反応を貰えると素直に嬉しい。
「でしょう? これならおばあさまも召し上がってくださるんじゃないかしら。早速持っていきましょう」
トマトを器に盛りつけて、いちょう切りにしたレモンを散らして、ミントの葉を上に乗せて飾り付けた。
味はもちろんのこと、見た目も大切よね。
「残りはよかったらみんなで食べてね」
アシルと共に、おばあさまの部屋を訪ねた。眠っていたら出直そうと思ったけれど、ちょうど目を覚ましたところだったみたい。
「おばあさま、トマトの蜂蜜漬けを持ってきたわ。少しでも召し上がって」
「……せっかく持ってきてくれたのに、ごめんなさいね。食欲がなくて」
「私が初めて作ったの。お願い、少しだけでも召し上がって?」
優しいおばあさまが、こういう言い方に弱いことを知っている。少しでも召し上がっていただけるのなら、ずるくてもいい。
「エミリアが? ……それじゃあ、少しだけ……」
おばあさまが召し上がるのを祈るような気持ちで見守る。
「……あ、ら……美味しい……」
お世辞じゃないということは、おばあさまの驚いた表情でわかった。
よかった!
「エミリア、このトマトはもしかして他国から取り寄せたもの?」
「いいえ、モラエナで採れたものよ。そのままはとてもじゃないけど食べられる味じゃないから、たっぷりの蜂蜜とレモンで漬けてあるの」
「まあ……エミリア、すごいわ。どこでこんなことを覚えたの?」
「えーっと、本で読んで」
「そうだったの。本当に美味しいわ」
おばあさまはゆっくり口に運んで、ついに全部食べてくださった。
「奥様がこんなに召し上がってくださったのは、どれくらいぶりでしょうか……」
アシルはおばあさまと空になった器を交互に見て、涙を浮かべる。
「ずっと口と胃が気持ち悪かったのだけど、サッパリしたわ。エミリア、ありがとう。アシル、心配をかけてごめんなさいね」
「ええ、また、何か作って持ってくるわね」
よかった。食欲が全くないわけじゃない。口に合うものなら、食べられる気力はある! ちゃんと食べられるようになれば、元気になるわ。
キッチンに戻ると、使用人のみんなが集まっていた。
「あんな不味いトマトが、こんなに美味しくなるなんて信じられないわ。エミリアお嬢様は天才よ」
「こんなに美味しい野菜を食べたのは久しぶり。パンばかり食べてたから、ほら、見て。にきびができちゃったの」
「もうないの? もっと食べたいわ」
トマトの蜂蜜漬け、好評みたいでよかったわ。
「気に入って貰えて嬉しいわ」
トマトに夢中だったみんなが振り返り、頭を下げた。
「エミリアお嬢様! いらっしゃっているのに気付かず、申し訳ございません」
「トマトの蜂蜜漬け、とても美味しかったです。ご馳走様でした」
「試しに作ったものだから、みんなで食べるのには少なかったわね。ドニ、さっき作り方は見ていたわよね? 追加で作ってあげて」
「かしこまりました。エミリアお嬢様、奥様は……」
「ええ、召し上がっていただけたわ。見て」
空になった器を見せると、みんながワッと声を上げた。アシル同様に涙を浮かべている人もいて、おばあさまがどれだけ愛されているかが伝わってくる。
「私、いまいちな食材をいい感じにするのが得意なの! ……じゃなくて、得意なのかもしれないわ。おばあさまが食べられるものを色々作ってみるわ。ドニ、手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
「エミリアお嬢様、私たちにもお手伝いさせてください!」
こうして私はキッチンにこもり、みんなでおばあさまが食べられそうな料理を作ることになったのだった。
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