第二話 ⑥
カタリーナの本当の顔を見てしまってから数時間後――。
「う……っ……ぐ……っ……痛っ……痛~……っ!」
家を抜け出したことがバレてしまい、両親を怒らせた私は、家を追い出されていた。表向きは、お医者様に言われたように療養ということになっている。
これから田舎で暮らすおばあさまの屋敷で暮らす。早馬が今頃おばあさまの屋敷に到着していて、きっと驚いていることだろう。
マリーはあんまりだと泣いて、お父様に考え直すように言ってくれたけれど、私がここにいるということは駄目だったというわけで……。
自分の立場が悪くなってしまうかもしれないのに、あんな一生懸命になってくれたマリーの優しさが嬉しい。
しんみりしていたら大きく馬車が揺れて、お尻が浮き上がった。
「ひぃっ! うぅぅ~……っ!」
道が整備されていなくてガタガタ揺れ、お尻が悲鳴を上げている。私が痔だったら、即死していただろう。
腹いせにまた両親の大切な壺にごみを入れてきたけど、落書きぐらいしてくればよかった!
痛い! お尻が三つに割れちゃうわ! これが病み上がりの娘にする仕打ちなの!?
でも、あの家を出られるのは嬉しい。
それならこの痛みも喜んで耐え……あ、痛たたたたっ! やっぱり痛いものは、痛いわ!
気を紛らわせるために、思い出した記憶を整理することにした。
えーっと、前世の私は、日本に住んでいた女子高生で、死んでしまってこの世界に転生したみたい。
日本とこの世界は大分違っていて、ベースは中世ヨーロッパっぽいのかな? 移動するにはこうやって馬車を使わないといけないし、医学も発展していないし、電気もないから家電もない。
ただ、その代わりに魔法がある。私のように三年寝たきりでも、祝福を与えて貰えればこうして後遺症もなくピンピンしていられるし、魔法で家電の代わりになるものはたくさんある。
ただ、魔法はとても高価なものだから、貴族や実業家といったお金持ちしか使えない。
また馬車が大きく揺れ、私はお尻の痛みに悶絶した。
「あ~……っ! もーっ! 全然、気が紛れないわ! 痛い! 痛い!」
馬車で三時間以上お尻を痛められ続け、ようやくおばあさまの屋敷に着いた。
おばあさまにお会いするのは、何年ぶりかしら。
父方のおばあさま、お父様と血が繋がっているのが不思議なくらい優しくて、おおらかな女性だ。
『エミリアは頑張り屋さんね。いい子、いい子……でも、あなたは頑張りすぎるから心配だわ。少しぐらい休んだっていいのよ』
おばあさまはお会いするたびに、私の頭を優しく撫でて、優しい言葉をかけてくださった。
その言葉に、どんなに心が救われたことか。
ちなみにおじいさまは長く病気を患い、私が生まれる少し前に亡くなっている。おじいさまも、おばあさまと似た雰囲気の方だったらしい。
お父様はどなたに似たのかしら。隔世遺伝ってやつ?
「エミリアお嬢様、お待ちしておりました。お目覚めになって、本当によかった……!」
「ええ、心配をかけてごめんなさい。少し寝すぎちゃったみたい」
馬車から降りると、執事のアシルを始め、使用人の皆が出迎えてくれた。でも、おばあさまのお姿がどこにもない。
おばあさまの性格なら、出迎えてくれそうなものだけど。
それにアシルを始め、使用人たちの表情が暗い。
それにどこかみんなやつれているような……。
「久しぶりね。アシル、おばあさまは?」
「それが……」
おばあさまは二か月ほど前に風邪で倒れたのをきっかけに、今は食事もまともにとることができず、衰弱してベッドに伏せているそうだ。
司祭様の祝福をいただければ衰弱を防げるのだけれど、おばあさまは自然に任せたいと仰り、使用人たちがいくら祝福を受けて欲しいと懇願しても断り続けていらっしゃるそう。
いつも優しい空気に包まれていた陽だまりのような屋敷の中は、悲しみに包まれていた。
おばあさまは私のために、日当たりのいいお部屋を用意してくれた……と言っても、日当たりがよかったのは昔の話で、今は呪いのせいで薄暗い。
それでも明るく見えるように工夫されていて、金の刺繍が入ったアイボリーのカーテンに、白い家具でまとめられていた。
「素敵なお部屋ね。アシル、ありがとう」
「気に入っていただけて何よりです」
ちなみに彼は、おばあさまが嫁いでくるよりも前からラクール公爵家に仕えていて、私もよく知っている。
「奥様、エミリアお嬢様が到着致しました」
「おばあさま、エミリアです」
部屋に荷物を置いて、おばあさまの部屋の前に来た。ノックして声をかけると、「入って」と小さなお声が返ってきた。
あまりに弱々しいお声で、胸が締め付けられる。
部屋に入ると、ベッドに横たわったおばあさまの姿があった。
「おばあさま……」
げっそりと痩せて目がくぼみ、顔は土色だった。白い髪はパサパサで、唇は割れそうなほど乾いていた。
「ああ……エミリア、本当に目覚めたのね。よかったわ……本当によかった……せっかく来てくれたのに、出迎えられなくてごめんなさいね」
おばあさまの伸ばした骨と皮になった手を取り、ギュッと握る。
あんなに温かかったおばあさまの手は、とても冷たかった。
「……っ……そんな……そんなこと、気になさらないで……」
胸が苦しい。
目の奥が熱くなって、涙が溢れた。
「エミリア、辛い思いをしたわね。あなたのお父様から、手紙で今までのことを聞いたわ」
「あ……」
どうしよう。おばあさまにまで誤解されたら……。
「それから、あなたの侍女のマリーからも追って手紙が届いたの」
「マリーから?」
「ええ、あなたのお父様の話とは随分違ったことが書いてあったわ。お父様は何か誤解してしまったのね。大丈夫、あの子も今は血が上っているだけで、いつかわかってくれるわ」
マリーが……!
「おばあさま……」
嬉しくて、さっきとは違う涙が出てくる。
マリーが私のために尽力してくれたことも、おばあさまが信じてくれたことも嬉しくて堪らない。
「辛い思いをしたわね。刺された背中はもう痛くない? 可哀相に……」
「もう、大丈夫よ。それよりも、おばあさまが……お願いよ。司祭様から祝福を受けて」
泣きながら懇願すると、おばあさまはゆっくりと首を左右に振った。
「私はもう十分生きたからいいのよ。私に祝福を与える時間があるのなら、もっと未来がある方々に使って欲しいの。私はね、素敵な方と結婚できて、子供もできて、可愛い孫もできたし、大満足の人生を送ったわ。いつ死んでも悔いはないの」
おばあさまは私の涙を指で拭い、幸せそうに笑う。
その瞬間、心の中にある頑丈な箱のうちの一つが砕け、記憶が溢れた。
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