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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
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三.白山にあへば光の失する

「——つまり、中身で相手を選んでも、完璧な性格の人なんかいない。いつかはボロが見える。でも好きな見た目って変わらないし、中身は大体オッケーで選べばいいじゃん。結論として、容姿は美的価値観の問題だから変化しにくい信頼できる尺度。対して心は常に全部が見えるわけじゃないから、測りにくくて移ろいやすいものなんだ。だから中身じゃなくて外見で恋人を選ぶべきなんだ。それでな——」

「もうええわ!」

 隣の席の片瀬がなぜか河内弁でツッコんだ。ツッコまれた冨田は咄嗟に俺の背後に隠れる。状況を説明しておくと、今はゴールデンウイーク明けの週の平日だ。つまりここは学校で見慣れた教室の見慣れた席に俺は座っている。で、朝っぱらから冨田のクダラナイ戯言に付き合っていた。俺は九割方を聞いていなかったが、真面目に聞いた人間には不快を催すものだったらしいね。すまなかった。友人として謝っとこう。だが謝ったとて、隣に座る片瀬とその机の前に立つ福岡の怒りは収まりそうにない。

「チャラ田くんのバカ。女の子にそういうこと言うと嫌われちゃうんだから」

 福岡まで珍しく声を上げる。いいぞ、もっと言ってやれ。他のクラスメイトの視線が痛かったからな。勧善懲悪の場面を見せてスカッとさせてやるといい。

「いやいや岡ちゃん。あれはアイに説いたものであって、決して岡ちゃんや片瀬に向けたものじゃないんだ。片瀬もそんなに人を殴りたそうな顔をするんじゃない!」

「ふん! トーゼンよ」

 そこで現れたってか、さっき到着したらしいミヨが口を挟んだ。教壇に立つ彼女の背後には美月もいた。おはようございます。今日もまた美人でいらして。この同居中の美人二名はいつも姉妹のように一緒に登校している。それでミヨは毎朝この教室まで来て、俺に一言かけてから自分の教室に行く。どうしてかはミヨに訊いてくれ。美月を教室に送り届けるまでが姉貴の役割とでも思ってるのか。そんな風に毎朝顔を出しているから、今日は運悪く冨田のアホ演説を耳に挟んでしまったようだ。あ、美月にまで聞こえていたのなら冨田、お前は三回死刑だぞ。

「あんた、チャラ田だっけ? シュータの友達の。あんたの理屈はある程度認めてやってもいいわ。でも欠陥だって無くはないのよ」

 ミヨは得意げに口角を吊り上げる。冨田を言い負かしたいらしい。朝から元気で何より。

「もしあんたの彼女が好みの容姿だったとしましょう。でもお付き合いしてしばらく経ったある日、交通事故に遭って重傷を負ってしまいました。顔面は傷だらけ、生涯車いす生活になりました。でもあんたは病院に駆け付けてこの有り様を見たら、すぐ別れようと言えるんだ。容姿が大事なんでしょ。でもホントにそんなことできる?」

 冨田は、当然だがイエスとは答えない。すっかり四面楚歌状態で七言絶句の漢詩を読むこともできず、苦々しく笑っていた。

「みよりんの言う通り、情の観点からの考察が足りてなかった。出直します」

「ふふん。一昨日来やがれってことよ。あ、シュータおはよ」

 挨拶にしては遅いだろ。ミヨは勝ち誇ったように腰に手を当て、笑顔でいる。本人は気付いているのか怪しいが、こいつはこの教室で目立っている。かなりね。もちろん毎朝他クラスの女子が来て騒いでいるのも一因だし、蘭美代が有名人ってことも作用してるんだろう。そしてそんな有名人が出席番号一の地味な男子に声を掛けていることも違和感を放っていると言ってよい。なるべくそっとしておいて欲しいのだが。

「ああ、おはよう。早く教室に戻れ」

「なんでよ!」

「……あ、美月おはよう」

「シカトするんじゃないわよ!」

 月のようにお淑やかな美月とは、太陽のように元気なミヨがジャマなせいで今日は一度も目が合ってなかった。目が合うとニコリと笑って、

「おはようございます」

 と返答。天使だね。一カ月経っても飽きないどころかむしろ魅力が増大している。例を挙げると——原稿用紙換算で四千枚は書ける気がする。そうだな。美月に話を振ってやったらいいかな。さっきまで喋ってなかったし、美月はナチュラルに面白い反応するから。

「さっきの冨田の話だけどさ、外見は個人を標榜すると思うんだ。美月はいかにも優しそうな美人じゃん。実際美しい心の持ち主だ」

 片瀬や冨田が馬鹿にしたように笑った。同時に福岡が苦笑し、ミヨが唇を尖らせ、美月が真っ赤になるのを見た。片瀬は、

「確かに異次元の可愛さだけど、それは相田が美月ちゃんを好きなだけでしょ」

「そうよ、じゃあ私の外見はどう見えて、どう表れてるのよ!」

 ミヨはとりあえず挑戦的な態度を取る癖があるな。

「みよりんは可愛いが、竹本ちゃんと違ってパワフルな——いや冗談だ!」

 冨田の言葉に、案の定ミヨが鋭い眼光を注ぐ。冨田が要らんことを言って怒りを買い占めるお決まりパターンだ。福岡は、大体冨田の味方なんかせず、

「みよりんだってそりゃ怒るよ。チャラ田くんは、デリカシー無いんだから」

「岡ちゃんまで怒ってるぞ⁉ 助けろ、アイ」

 知らね。俺はこういうとき傍観して楽しむ。冨田はミヨや福岡からああだこうだと説教を食らって、それには片瀬も加勢していた。美月は……ま、一緒に観戦するか。

「皆さんお元気ですよね。私、ちょっぴり入れません」

 美月がすっと俺の席に逃亡する。俺は苦笑いで出迎えた。

「そうだな。朝ご飯に何キロカロリー摂取したら、ああなれるのか知りたいもんだね」

「私はみよりんさんと同じご飯を食べてますよ」

「じゃあ、あいつは隠れてコソコソ夜食でも食ってるんだ。それか、朝だけ元気で授業中にはエネルギー不足で寝てる。あ、早弁してるかも」

「ええ? シュータさんじゃないんですから」

「あの、美月。俺は寝ることはあっても早弁はしない」

 ふふっと美月が笑う。こうしていると、美月とは普通の友達くらいにはなれそうな気がする。出会いのきっかけは先月の諸々の事件だったから、以前は友達というより協力関係だった。最近は平穏な学校生活を送っているし、ずいぶん普通の同級生的関係が築けている実感があるな。というか、もうホームルームの時間だ。ミヨ、帰れよ。

「あ、ホントね——じゃないわ。用件があったのよ」

 ミヨは手の平をポンと叩く。用件と言われても心当たりが無いな。

「今から言うわよ。一つは部室に毎日来いってこと。なんでたまに部活サボる(ミヨはこの言葉の語源を「サボテンのお世話のように水やりを怠ること」だと思っていたらしい)のよ。あんたこのままじゃ出席日数不足で卒業できないわよ」

 部活動の出席が卒業の必須条項なんて初耳だ。脚色すんな。俺も美月も、そもそもSF研部員ではない。恐らくノエルと二人の部室は静かで面白みに欠けるのだろう。ミヨにとって、俺は暇つぶし用のサンドバックだからな。

「二つ目、今週末空いてる? 日曜日」

 そりゃまあ空いてると答えようと口が開いたところ、片瀬が遮って答えた。

「相田は三六五日、閏年は三——」

「うるせえ。空いてるけどな!」

 暇人と言えば俺みたいにするな。で、日曜に何するんだ? また美月の引っ越しの手伝いとかやらせるんじゃないよな。先月は美月のスーツケースを家から運ばされた。

「お買い物に行きましょう。もちろん美月もノエルくんも一緒に」

「どうせ荷物持ちだろうが、なんで俺も行くんだ?」

 ミヨは口を真一文字に結ぶ。

「それはね……美月がシュータとデートしたいって言ったからよ」

「は? 美月が?」

「違うじゃないですか。昨日みよりんさんが——」

「だまらっしゃい、シュータ、美月。とりあえず部室で細かいことは決めるんだからね。絶対来なさい。じゃね」

 ミヨは駆けて俺たちの目の前から去って行った。嵐のように過ぎ去るとはこのことだ。残された美月は、豪風で新築宅の屋根が吹っ飛ばされた家主のように、眉尻を下げて小さな溜息を吐いた。あいつと一緒だと疲れますもんね。そこに福岡が、

「あ、相田くんはみよりんと、同じ部活なんだっけ?」

 と、俺にというより片瀬に訊いていた。片瀬は笑って答える。

「入部はしてないみたいよ。でもみよりんとは何だっけ? SM研?」

 そういう部活をお前は一度だって訊いたことがあるのか。

「いやいや、そんなことよりアイがいつの間に竹本ちゃんやみよりんと仲良くなってんだって話だよ。ホント、理不尽だよなあ。俺とアイの何が違うってんだ」

 そりゃ冨田とは別物だ。特に脳みそとか。丁度よくここでチャイムが鳴った。

「俺が山崎闇斎なら、アイとは即座に絶交してるぜ」

 闇斎は冨田みたいな小人に喩えられたくないだろうな。ま、羨ましい状況に自分が立っているってことは自覚してもいいかもしれない。美月は自席に帰るとき、俺に微笑みをくれたんだからさ。

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