二.深き心ざしを知らでは(16)
そうこうするうちにミヨの家に着く。俺んちよりお洒落なレンガ風の外見の一軒家だった。住宅と住人の性格って比例するのかね。ミヨは胸を張って人差し指を家に向ける。
「男子ども、ここが私の家。わかった?」
「ふうん、俺の親父が組めるローンじゃ建たねえような立派な家だな。……んで?」
間に耐えきれず、続きを促しただけなのに、睨まれた。
「それだけよ! 帰ったら、もう」
十五分歩いて家を自慢して終わり? 何がしたかったんだ、このお嬢さんは。隣の見目麗しいお姫様もお前の情緒不安定に困惑してるぞ。
「んじゃ、しょうがないな。帰るよ」
「帰るのね、へえ」
と不満げなミヨ。何が不満なんだ。言っておくが声に出さなきゃ伝わらないこともあるんだぜ。というこの忠告は声に出してないのだがね。俺は主に美月に向けて手を振った。短い間でした。さようなら。いやまったくあふれた涙で霞ヶ浦が出来そうだなんて思いながら、Uターンをしたとき電話の音がした。誰だ、と全員を見渡すとミヨの電話だった。充電あるのか? ギリあったんだっけ? 皆に背中を向けて何やらゴニョニョ話している。帰ろうかとも思ったが美月が俺に声を掛けてきたのでやめた。
「あの、シュータさんの家に置いてきた荷物は後日改めて受け取りに行きますので保管してくださいます?」
そんなことか。もちろんだ。今のところウチで一番貴重な物だから火事になったら抱えて飛び逃げるだろう。
「いやいや、そこまでしてくださらなくても。あ、で、えっと」
美月はもじもじした。言いたいことがまだあるのかな。と思ったら、
「ねえねえ美月! 今日坂元ちゃんも泊めていいかしら⁉ 坂元ちゃんには美月の事情を上手く伏せるからさ、ね?」
いつの間にやら電話を終えていたミヨがこっちへ来る。
「電話のお相手は坂元さんでしたか。お元気でした?」と美月。
ミヨは歯を見せて頷く。
「うん。元気は元気らしいわ。気付いたら学校のパソコン室で寝てたって言ってる」
結局パソコン室には来てたことになってるのか。怖いだろうな。自宅で病欠していたと思って目覚めたら学校にいた、なんてことになったら。
「でね、そんなのはどうでもいいから、今日お泊り会しようって誘っておいた。約束だからさ。坂元ちゃん、美月もいることを伝えたら喜んでたよ。誘って良かったわよね?」
美月はそれを聞いて俺に一瞥をくれてから、首を縦に動かした。表情は常に微笑だ。
「ええ、私は泊めてもらう側なので一向気になりませんよ。賑やかでいいじゃないですか」
「でしょ? 美月のこと、可愛がってあげる。フフッ」
なんだその気味悪い笑顔は。美月に変なことすんなよ。もし変なことしたら、いくらミヨでも容赦なくぶっ飛ばしてやる。ロケットが好きならぶっ飛ばされて死ぬってのも本望だろう。
「しないわ。赤裸々ガールズトークに巻き込んで丸裸にしてやろうとは策略してるけどさ」
ぜひ美月の意中の相手を知りたいものだね。情報提供してくれるなら金を積もう。いや、やっぱし知りたくない。好きな女性タレントの熱愛が写真週刊誌にすっぱ抜かれて悲しい思いするのと同じ気分を味わうのだろうからな。美月は学校のアイドルでいて欲しい。
「そんなことはどうでもいいのよ」
いいのか。ミヨは腰に手を当てる。
「とりあえず目下の目標を伝えるわ。二点よ。ちょっと綾部くんも保護者みたいなツラしてないで、こっちに寄りなさい」
相変わらずヘラヘラした感じで集合する。アホな先輩たちだな、とでも思ってるのだろうか。それか、何も考えてないのか。
「私たちは、未来のこと、超能力のことで秘密を共有している。もしこれから関連するような事件や何かがあったら情報を共有して、協力し合いましょ。私たちが四人いれば、結構何でもできそうじゃない?」
いきなり真剣な話をぶち込むなよ。ミヨは至って真面目顔。
「今回の件で思ったんだが、俺って要らなくないか?」
「いるわ! 超いる! すごくいる!」
「その通りです、シュータさん」
何となく思ったことを伝えたら、女子二人から猛反対を受けた。ありがたき幸せ。
「あと、SF研にも入って欲しいんだけど。できれば一学期中に」
そう提案された。何かしらの思入れはあるのだろうな。
「みよりん先輩。俺は入りますから」
「ありがと。ナイス後輩くん」
ミヨは綾部に向かって親指を立てた。
「シュータは?」
「嫌だってば。どちらにせよ、今日は疲れたからまた別の日に返事するよ」
ミヨは頷いてから大声で、
「じゃ、言いたいことは全部言ったから本日は解散! じゃあね、綾部くん、シュータ」
「またな。シー・ユー・レイター」
俺の英語を美月とミヨはクスクス笑いながら(馬鹿にされてたな)見送ってくれた。地元に居住しない生徒は大体電車通学なので、仕方ないが駅までまた綾部と歩く。
「いいですね、華があって。そうだ先輩、もし最寄り駅を教えてくだされば瞬時に送りますが」
「いや、いい。移動の時間が思索と気分転換の時間だと知らないのは、テレポーターと未来人の欠点だろうな」
車道側を歩く綾部は苦笑。本格的に日が傾いてきたから、お互いの顔が見えにくかった。
「じゃあ、駅までお供します。あ、そうそう。みよりん先輩が坂元先輩の電話を貰うまで何か言いたげだったのに気付きました?」
「ああ、そんな感じだったかな」
「たぶんなんすけど、みよりん先輩はシュータ先輩を——俺もかな、家に招待したかったんじゃないですかね。流石の先輩とは言え、ほぼ初対面の美月先輩と泊まるのは緊張するだろうし、俺たちとも親睦を深めたかったんじゃないかなって思いました」
もしそうなら家の前まで連れて来たことの説明はできるな。俺の「晩飯食わせて」待ちだったとか? そんな気はしないがね。だが、俺が帰ると言ったとき不服そうだった。ああ、そうか。坂元が代わりに来てくれたから俺たちは用なしになったのか。
「そういや、美月もおかしくなかったか?」
「え、そうだったかな。すみません、わかんなかったすね」
一人で帰宅した俺だが、母親から無残な一言を言われた。
「美月ちゃんはいないの? あんた、一晩で飽きられるなんて、甲斐性の無い子ね」
坂元、今ならお前の気持ちがよく理解できるぞ。




