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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
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二.深き心ざしを知らでは(11)

「私は、この学校の情報化、電子化が目的」

 急に坂元の抑揚を失った声がした。機械音声だと思った。ミヨは笑顔になったようだ。

「やーっと喋ってくれたか。そんで、そのメリットを教えなさい」

「この空間内にいる人間の意識を電子化し、その脳に個人の記憶を基にした、快楽信号を流す、人は生死の概念を失い、ノイズとなる感情を感じることは、無くなる、永久に快楽を享受できる、肉体を持つ生命体の状態であるがゆえに避けられない、不快感情を払拭するのが、ねらい」

「まどろっこしい話し方するわね。要は生きてるとどうしてもツライことがある。それがイヤだから精神を電子化して楽しかった思い出だけ脳内でリピート再生させておくってことでしょ?」

 ミヨの言うことだけはわかる。坂元がしようとしてるのは、例えば俺が草野球でヒットを打ってガッツポーズしたとする。坂元はその瞬間の喜びだけを切り取り、コンピューター上の俺の脳みそに延々与え続けるってことだろ?

「なんで星陽高校を狙ったのよ?」

「能力的に限界、私は人間の身体だから、情報化のための電波を飛ばす端末が必要だった、本来地球上でやるはず、これは予行演習に過ぎない」

「なるほどね。端末が必要か。だから学校のパソコンや皆が持ってるスマホを乗っ取って、そこを基地局にした。で、なんとか学校の範囲なら情報化させる電波を飛ばせたんだ」

 スマホの充電が昨日から切れていたのはそういうことだったのか? 坂元が乗っ取りをして準備を着々と進行させていた、と。

「じゃ、今からお説教始めるから耳掃除しなさい!」

 ミヨは耳の穴かっぽじって聞け、を上品に言ったつもりらしい。

「そもそも、あなたは幸福を理解してない。幸せな感情は一回きりだから幸せに思えていたのよ。くだらない毎日との対比によってのみ輝くわけ。なんかポカンとしてるけど、聞いてんのかしら? 例を挙げて教えてあげる。シュータの幸せな記憶って何?」

 俺に振るか? 幸せな記憶、幸せ、幸せ……。

「すぐ出て来ねーな」

「どうしようもない人間ね。私にはある。お父さんとロケットを見た記憶よ。両親が仕事の都合でほぼ家にいなくて、小さいとき、私は祖父母の家で育てられた。ママは航空会社の客室乗務員で、パパは宇宙関連企業に勤務してるの。ママはたまに帰って来るけど、パパの方は単身赴任で小さい頃からあんまり会えてなかった。でもお休みの日、月に何回かは会えるじゃない? そのときに、ロケットの発射場に連れて行ってもらった。ロケットが打ち上がるから見ようって。私はまだ六歳だったし、女の子だし、正直ロケットなんて興味ゼロだった。でも普段は寡黙なパパがワクワクしながら誘ってくるから嬉しくて見に行ったのね。キレイに晴れた日で、海が望める見晴らしのいい公園だったわ。人がわんさか集まってたから私はパパに肩車してもらってた。それで周囲の人と発射時刻をソワソワして待ったの。パパはその間、私にロケットをどうして飛ばしているのか熱心に語ってくれた。内容は覚えてない。当時もそんな細かい話は理解できなかったんじゃないかしら。だけど、覚えてるのはそういうときのパパはロマンを持ってて、やっぱりプロでカッコよかったってことかな。打ち上がった瞬間は忘れもしない。それまでの、って言ってもたった六年だけど、人生がいっぺんにひっくり返った気がした。大地を震わすような轟音がおなかに響いて、煙をもくもくあげながら機体が宙に浮くの。あんなに重量のあるものがいかにも重そうに、だけど勢いよく飛ぶのなんか生で見たらそりゃ六歳はビックリよ。無事にロケットは視界に捉えられる距離を超えて飛び上がって行った。下から火を噴いてね、ちょっとジグザグした雲を軌跡として残しながら。私はパパに肩車されながら、なぜか泣いてたな。感動したの、きっと。あれが私の中で一番に大切な記憶で、これも目を瞑るといつでも思い出せる。そのたび、幸せだったなって思う。だけど、今それを繰り返されるのは違う。あの感動は、小さい時の私がパパに担がれて、あの日にあそこであのロケットを見ていたから生じたものなの。だから昔として邂逅するぶんには幸せ。しかしね、この私が体験すると途端にそれは幸せではなくなるわ。つまらない毎日を生きる中で思い返しているから、あの頃は良かったって思えるの。私たちはいつか将来に幸せだったって思える過去を、現在作ってるのかもね。つまり何が言いたかったか……忘れちゃったけどね、変化の無い同じ幸せをリピートするなんていけないのよ」

 坂元は半分口を開けて聞いていた。俺は結構感心したが、こいつは何とも思わなかったのか? と思ったら、不敵な笑みを浮かべて手をこちらへかざした。あ、来る。

「避けてください!」

 綾部が叫ぶ。黒いカタマリが坂元の手から放たれた。前方から二発。避けるも何もお前が二発防いでくれたじゃねえか。

「シュータ、後ろ、後ろ!」

 俺が昔の喜劇の掛け声を思い出しながら振り返ると、そこにもあった。背後からおぶられたミヨに向かって直進するカタマリがさ。坂元のやつ、綾部を足止めさせながら後ろのミヨを狙いやがったのか。咄嗟にミヨと俺を天秤にかける。まあ、結果は見えている。

「シュータ! あんた、何してるのよ⁉」

 俺は振り向くだけで良かった。そうすれば俺の胸元に塊は俺にヒットするからな。自分の胸元を確認する。確かにポッカリ空洞になっていた。だが、血が流れるわけでも痛覚が刺激されるでもない。そう言えばミヨだって脚をもっていかれてるんだし平気じゃねーか。

「ま、心臓の場所が無いが、どうにか生きてるっぽいぞ」

「結果じゃなくて判断を咎めてるのよ。もっと自分のこと大事にしなさい、あほ」

 ミヨは俺に掴まる腕にぎゅっと力を込めた。

「おい、坂元! どういうつもりだ、交渉決裂と受け取ったぞ」

 少しキレてやると、坂元は怒り? 苦悶? の表情を浮かべた。

「私は認めない。現実は醜いもの。親の自慢なんかされても」

 いくらか人間らしい口調が戻っている。こいつの中で抑圧された感情が動き出しているのか。普段の坂元というよりは潜在意識のようなものなのだと気付いた。

「家では、私はいつも劣等生。家族は私のこと、嫌いだから」

「なんでそんなこと言うの!」

 ミヨの言葉には耳を貸さない。

「両親は優秀な妹が好きなの。妹は可愛くて、勉強できてピアノが上手で、学校では人望があって自慢の娘。私は学業は普通、家ではパソコンばっかいじってる。私はすぐ妹と比べられて、ちゃんとしなさい、情けない、どうして姉妹でこんなに違っちゃったのって言われる。私は邪魔者扱い」

「いいえ、坂元ちゃんはいい子よ。ご家族だってそう思ってる。信じてあげなさいよ」

 坂元は笑った。もちろん俺の目には冷笑に映った。

「あなたが言う? あなただって家族のコト本当は、信じていないでしょ。幼少期から親と離れて暮らして、今だって一人暮らししている。親と上手くいってないんでしょ。上辺だけで家族と偽って、実際は両親とも仕事が大事なんじゃない。あなただって、親が不必要、自活できる。お互い疎んでる。私と何も変わらない」

 俺はミヨが言い返すと勝手に思っていた。だって、自分の家族をそしられて黙っていられるやつなんてただの唐変木か、意気地なしだけだ。それに今の坂元は、普段ならセーブが効いて言わないような本音を吐いているだけだ。何を言い返したって問題ないだろう。

 でも、ミヨは何も言えなくなっちまった。背後でぎゅっとしがみつくミヨの顔は、現在背中に埋もれて窺えないので何ともコメントできないが、たぶん傷付いているのだろう。それくらいの感情の推理は俺だってできる。この部屋はまるで真空状態化のように一切の音を失った。こういうとき、気を利かせて誰か上手く慰めろよな、と思う。まあ、俺か綾部しかいないワケだが、綾部は沈痛な面持ちでこちらを見るだけ。ほんと、優しさだけが取り柄のイケメンってこういうとき頼りにならねえ。ああ、わかってる。俺の番だな。

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