二.深き心ざしを知らでは(9)
そこにいたのは星陽高校の男子制服を着た、背が低めでシュッとした感じの雰囲気の少年だった。こんな状況下にもかかわらず、ニコニコへらへらしている。
「あんた、誰よ! 名乗りなさい。……まず、常人ではなさそうね」
ミヨは俺の襟を引っ張って「立て!」の合図を送ってきた。手綱じゃないんだから。
「はは。普通じゃないのはお互い様の気がしますけどね。でもこの現象に関係するような怪しい者ではないですよ、先輩方」
怪しい者じゃないって、ここでよく言えるよな。
「名前なら既に名乗った記憶があります。綾部拓海っす。蘭美代先輩」
そいつはポケットからミヨお手製の紙飛行機を取り出した。そしてニコリと笑顔を見せる。なるほど。こいつはミヨが紙飛行機でスカウトしたあの一年だったのか。顔は初めて見た。ミヨもやっと思い出したようで、ビックリして俺の首を自然に絞める。
「あんた、新入部員だったの! あらそう、これから二年間よろしくね……って言うと思った⁉ どういう理由でこんな所にいるのよ。全然ナットクできないわ」
俺も警戒心はかなり高めている方だ。こいつが情報化なんたらをやっている可能性が高いんじゃないか? 俺も含めて普通の人間が活動できる環境じゃない。俺たちは美月の後方支援があるから健在なだけで、生身ならとっくのとうにバラバラらしいじゃないか。
「うーん、どうしよっかな。確認ですがどうやらお二人も常人ではないんすよね? 簡単に、そちらの説明を聞かせてくれたらこっちも打ち明けます。フェアにいきたいんです。敵味方の判別がつかないのは俺とて同じですから」
ミヨはやたら冷静な綾部を品定めして、
「渋々よ。大体を教えてあげる。このシュータは時間改変に記憶が左右されない、私はそれに加えて未来視。もう一人、遠くにいる娘は未来人で時間を巻き戻せる。これ以上は明かさないわ」
綾部は二度頷いた。この話が真実にしろ嘘っぱちにしろ、充分に頭のおかしい連中だとわかっただろう。お前も同じくらい変態なんだろうな。
「今まで誰にも言ってこなかったんですけどね。もちろん自覚はあるんですよ。自分が普遍的な人類ではないことに。俺は、視界の範囲、もしくは行ったことのある場所に向けて——瞬間移動できます」
俺もミヨもポカンと固まった。しかしそいつは今ここで実践して見せることで完璧に俺たちの疑惑をかっ飛ばした。
「こんな感じで」
瞬きの間も無い。いきなり声が背後から聞こえ、そのときには前方に誰もいなかった。振り返ると、綾部が照れ臭そうに笑っている。
「信じてもらえますか?」
この声も背中越しに聞こえた。またしても綾部は俺たちの背中側に回り込んでいた。
「…………嘘よね。こんなの絶対おかしいわ」
俺もミヨをおぶりながら、渋谷駅構内くらい複雑な気持ちを感じていた。まずそもそもあり得ないだろ。が、それはミヨにも美月にも当てはまるから俺はスルーしてやる。それよりも瞬間移動というケタ違いに物理法則に反したモノを受け入れる気にならない。俺の時間の改変に対する耐性とか、ミヨの未来予知はいわば脳内完結型の精神的なもので、物理をねじ曲げたりするもんじゃなかった。瞬間移動ってのはいくら時間移動の弊害とはいっても度が過ぎてるんじゃないのかね、未来の方々? 絶対実験失敗だろ。意外と未来人もアホなのか? 冨田の子孫もいるだろうからアホの血は確実に流れていると思うが。
「信じてもらうために説明を加えていきますと、俺は小さい頃から瞬間移動できました。親や友人には一切バレないようにっす。バレたら面倒になるとわかってましたから。でも、常時その能力が発揮できること、発揮条件は視界の範囲か行ったことある所に限定されるというのを自分で発見しました。
それで現在の状況ですけど、体育館で歓迎会に参加していたらいきなり周りの人間がパッと消滅して、俺一人残されました。段々建物が、ほら、あのように黒く変色してきたので普通じゃないことが起きてると思いましたね。一旦体育館から正門まで移動してみたんです。そうしたら無色透明の壁が張り巡らされているみたいで出られなかった。外に瞬間移動しようにも無理。ああヤバいなと思ったときに見えたのが、仲良くしていたお二人方だったと……信じられます?」
信じないぞ。俺には美月がいるのに、ミヨなんてくるくるぱーと仲良くしていたなんて。真面目に答えるなら……ミヨが判断せい。
「そ。つまり綾部くんはこの情報化現象の犯人でも何ともない。被害者の一人と。まあいいわ。怪しい行動を起こしたらまた考え直すけど、とりあえず協力しましょうよ」
ミヨは俺の上から綾部に手を伸ばすが、俺は体を捻ることでミヨの手を遠ざけた。
「俺みたいな素人目からの感想なんだが、一ついいか。お前は生身なのに情報化だか何だかの影響を受けてない。それってつまりお前が犯人だからなんじゃないのか?」
綾部は困ったような苦笑い。疑って損という話ではないだろうよ。
「私の見解だけど聞いてもらえる? 私の意識の一部は時間軸の外の超越的立場にいるから未来が見えるし、時間軸内の『改変』に巻き込まれない。同様に綾部くんは空間的には超越的立場にいるから瞬間移動できるし、空間内の改ざんに巻き込まれないんじゃないかな」
「なるほど。俺は瞬間移動できるから、ある瞬間において存在する場所と次の瞬間に存在するであろう場所が確定していないので『超越』と呼んだわけっすね。俺のことを消そうとしようにも、どこに存在するのか不確定であるから、選択アンド消去ができないと。気付かなかったです。即興にしては鋭いっすね」
お前だけは何をされても簡単に消えないってことはわかった。じゃ、変人認定試験の必須質問をしておこう。
「お前は、昨日から時間のおかしな流れを感じ取っていたか?」
俺もミヨも時間の異変に気付いたことが、美月を発見するきっかけになった。つまり変人の必須項目だ。だが、綾部はポカリとして首を傾げた。
「心当たりがサッパリ無いですが」
本当なのかと思っていると、ミヨが俺の頭をポンポンハタいた。
「シュータ、これでいいのよ。綾部くんが時間の流れの異常に気付いてないってことは、さっきの私の説と矛盾しないわ。だって綾部くんは空間においては非常識な感覚を持ってるけど、時間に関しては普通の人間と違うとこは無いんでしょ? なら他の人と同様に時間の『遡り』を感知できないのは当たり前じゃん」
ああ、それくらいならなんとなくわかる。納得、納得。
「ところで、今はどういった状況です? 一刻を争うって感じっすよね」
その通りだ、少年(背が低く童顔だから青年よりは少年だ)。現在進行形で美月も危ない目に遭っている。こんな所で空想科学的談義をしてる時間は無いんだ。
「綾部くんに簡単に説明するとね、何者かが学校一帯を破壊して作り直そうとしている。その犯人がパソコン室にいる可能性が高くて、私たちは向かってるの」
ミヨが俺の髪をピンとつまみながら早口で説明した。美月と比べて簡潔でわかりやすい文句だが、俺をいじりながらじゃないとお前は喋れないのか。俺も付け足しする。
「それでだな、この特別棟に入ろうにも、なぜか下駄箱にワープしちまってたどり着けないから、こうして油を売ってたわけだ」
ミヨは「下駄なんて履いてるやついないでしょ」と俺の補足に不満げ。綾部はというと、ヘラヘラしていた。お前は緊張感に欠ける人間だな。
「パソコン室に行けたらいいんですよね? 先輩方、俺の能力を忘れてません? 俺が連れて行きます」
『・・・あ』
俺とミヨの思わず漏れた科白が重複する。渡りに船とはまさにこういうことだ。ちょっと上手くでき過ぎな気もするが。
「とりあえず、パソコン室に向かえばいいですね? なら手を取ってください」
綾部は手を差し伸べた。瞬間移動ってのはやはり能力者に掴まる感じなのか。ポケットから馬鹿デカいドアを出されるよりは断然いい。
「お二人とも準備いいっすね? 到着先で鬼や蛇が出ないことを祈りましょう」
移動する間、特に感慨か何かが生じることは無かった。あまりにも早かったのでね。




