表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
82/738

二.深き心ざしを知らでは(2)

 一時間目と二時間目の間の休み時間、竹本が俺の席に来た。金色の髪が日光を受けて輝き、さらさらと揺れている。

「相田さん、間に合ったんですね」

 教室に入ったときも、竹本が一番驚いていた。実際はアララギに足止めされて間に合ってないのだが、校門をくぐってホームルームに出席できたから間に合ったも同然だ。

「私、頑張って起こそうとしたんですけど……」

 そりゃ本当に悪かったと思っている。何より俺自身が一番がっかりだ。

「あ、そうだ。相田さん、さっきの授業のノートを見せてくださいませんか? 書き漏らしてしまったようで」

 竹本は照れながら言う。右手にはシャーペンを持ち、胸にはB5のノートを抱えていた。

「もちろん貸すよ。どこが見たい?」

 竹本は俺の広げたページをじっと眺めて、ちょっとだけ悲しむような? 表情を浮かべた。俺も書き漏らしていただろうか。

「あの、これ一日借りてもいいですか? 明日には絶対返します」

 今日は一回目の授業だし、そんなに量は書いてないんだけど竹本は日本語を書き慣れていないようだからな。俺はノートを畳んで手渡す。

「ありがとうございます。恩に着ます」

 自動翻訳のせいだろうか。大仰な日本語を使う。そもそも翻訳のせいで敬語になってしまっているなら可哀想だ。実は「サンキュ、倍にして返すぜ」みたいなニュアンスで話している可能性も充分ある——無いだろ。

「ん? 授業で書き漏らしがあったら、時間を『遡れ』ば良くない? それは違うの?」

 俺が思い付いたことをぶつけると竹本はニコニコ笑った。

「面白いこと言いますね。してもいいんですけど、時間を進めることはできないのでもう一度授業を受けることになってしまうんです。それは疲れちゃうし——」

 竹本は眉を下げて言う。困った顔も可愛い。

「相田さんもまた授業を受けることになりますよ」

 くすくす笑った。ああ、そう言えば、俺は時間が「遡って」も記憶が残るんだった。

「でも、時間はいつでも『遡れる』んだろ?」

「ええ。また実験しますか?」

 一晩明けて、また試したくなった。昨日のが全部夢というオチだってあり得たのだ。今、竹本とこういう話をしている時点で裏は取れているのだがな。

「何です、それ?」

 竹本は俺の手元を見る。俺はB5のルーズリーフを破って正方形を作り、角と角を合わせて折り畳んでいく。

「紙飛行機。知ってる?」

 竹本に見せると「飛行機ですか?」とびっくりした。まさか搭乗するとでも勘違いしたのだろうか。俺は教室の窓からそいつを放り投げた。竹本の能力で戻してもらおうという魂胆だ。飛行機はゆらゆらと校庭に向けて飛び出して行く。順調なフライトかと思ったが、春の穏やかな風に当たり負け、急降下。俺も竹本も嘆息を漏らして行き先を追うと、着地先に一人の女子生徒がいた。体操着を着たその人に、俺はたぶん見覚えがあった。その人はこちらにふと気付いて見上げた。飛行機はその子の手前五メートルに落下。

「飛んだ、というより重力に従って落ちましたね。手元に戻しますよ」

 竹本は俺の方を見る。——瞬き。


 俺の手には紙飛行機があった。俺は窓から下を覗く。さっきの人物が気に掛かったのだ。髪を後ろで結っていたから確信は無いが、恐らくあれはアララギだった。たぶん体育の授業で校庭に出て行くところだったのだろう。見てみると、やはりいた。

「どうかされました?」

「おかしい。あの子、さっきは歩いてたのに、今はこっちを見ているな」

 明らかにこちらに首を持ち上げている。睨んでいるような気さえした。俺は紙飛行機を飛ばす。アララギと思しき人物は窓枠から飛行機が出たと見るや否や、それを追って走り出す。今回は風に煽られて左に切れて行ったが、アララギは両手で受け止めた。

「あの方、ずっと目で追ってましたね。だから追い付きました」

「何で俺が紙飛行機を投げるって知ってたように動けるんだ……?」

 竹本は一瞬はっとしたようだが、すぐに困ったような笑みを作った。

「偶然でしょう。遊びじゃないんですから何度も投げないでください。もうお終いですよ」

 小学校の先生みたいな叱り方をする。怒られている気が全くしない。——瞬き。


「駄目です……わかりませんか? 駄目です」

 時間がリセットされて早々、紙飛行機をぶん投げようとした俺の腕を竹本は掴む。そして微妙に圧の籠った笑顔を俺に向けている。……怒られている気がする。

「ごめん。ただ、下から見てたあの子が引っ掛かってさ」

 俺は苦笑しながら飛行機を手放して外を見ると、竹本も同じようにした。

「確かに。もう既にこちらを注視しています」

 アララギ、と俺は断定するが、そいつは俺たちを見上げている。俺がまた飛行機を飛ばしてやろうと机を見ると、それは無かった。

「相田さん。もう時間の操作はしませんから。投げさせませんよ」

 竹本の手に飛行機はジャックされていた。次いで竹本は窓を閉じ、鍵を閉めてしまう。

「わかった、わかった。もうしない——あっ、時間」

 俺が時計を指差すと竹本はそっちを見る。しめた、と機体を掠め取ろうとしたが、失敗した。ぷい、とかわされる。

「私の視界には常にデジタル時計が表示されていますので」

 ああ、くそ、そうだった。竹本は余裕たっぷりに笑う。じゃあ奥の手。

「何を言ってもこれは放しません。確かめるためとか言うのでしょう? 駄目です」

「ずっと思ってたけど、竹本さんってすごく可愛いよね」

「え? かわ……」

 みるみるうちに赤くなって固まる。じゃあ失敬。紙飛行機を取って隣の窓から投げた。

「こら、相田さん! 人をからかって。絶対、絶対許しません!」

 あらら。竹本はご立腹で俺の肩を揺する。だが、怒っても可愛らしいね。このいじらしさ、いたずらし甲斐がある。で、観察対象のアララギはどうかと言うと、微動だにせずにやはりこちらを見上げている。そして目の前に落ちて来た一枚の紙飛行機をぐしゃりと握り潰した。あれ? お前も怒ってる?

「あ、あの。竹本さん。次は絶対やらないって誓うから、五分『遡り』たい」

 竹本は三秒ほどほっぺを膨らませて無言の抵抗をしていたが——瞬き。


 俺はホールドアップして時間を「遡った」。竹本により機体はあえなく解体という運びになった。その間、俺はガラス越しに外を眺めた。アララギはまだいない。

「先ほどの女性を捜しているのですか?」

 そうなのだ。もし何かに気付いているなら再び俺と目が合うはず。

「たぶん、アララギってやつなんだよ。いないかな?」

「ずっといるわよ!」

「きゃあ!」「!」

 背後から大声がしたと思ったら、教壇の上に体操服の女子がいた。髪をポニテにしているけれど、間違いなくアララギミヨだ。鼻血は止まったんだな。竹本は絶叫して飛び上がり、俺に至っては驚きで声も出なかった。アララギはずんずんこちらへ歩み寄って来る。俺のタイを掴み、竹本と俺を交互に見て、

「昨日からずーっと時間の感覚がおかしいなって思ってた。それはアンタたちのせいね」

 おいおい、やめようぜ。クラスメイトに見られてる。

「いいえ、やめないわ。どうなの?」

 俺は怯えきった竹本を一瞥してからやむなしと思い、小さく頷いた。

「今日の昼休み、関係者だけで生物室に来なさい。以上よ!」

 そう言い残し、すたすたと歩き去る。テレポートかと思ったが五分ほど時計の針が戻ったのだから、あいつはまだここら辺にいたのだ。竹本を見ると、急な大声とご本人登場に心臓をバクバクさせたままだった。

「……一体どういった状況でしょうか」

 わからん。とりあえず竹本にノートを持たせて自席に帰らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ