一.黄金ある竹を見つくる(8)らいと
……未来人? 未来人って、未来の時間から現代にやって来た未来人?
「はい。私は未来の科学技術で時間を移動して、ここへやって来ました。ですが、準備不足のせいでお金がきちんと用意できず、口座の預金が尽きそうです。助けていただきたいのです」
俺はしばらく無言でフリーズした。だってしょうがないだろ。頭で先の言葉を反芻する。竹本は未来人で、お金が無くて、俺の家に泊まりたい。
「なるほど」
「わかってくださいましたか?」
なるほど。
「竹本さん、未来人なんだね」
俺は優しい笑顔を作った。そうか、竹本は単身日本に渡航して来たはいいが、実家が貧乏で下宿代をすぐに出せない貧書生なのだ。だから誰かを頼らなくてはならない。
けれど、素直に貧乏だからとは言えず、思春期の見栄から「未来人」という設定にして、クラスメイトの家に転がり込もうとしているわけだ。
「あ、あのー、相田さん?」
竹本が未来人だと言い張るなら、俺はあえてそれを嘘だと暴いてやる必要は無い。もし恥をかかせたらトラウマになってしまい、将来グレて日本が嫌いになってしまうとも限らない。ここは優しくその中二病的な嘘を受け入れてあげるべきなのだ、周太郎よ。
「そっか、竹本さん未来人なんだ」
「し、信じてます?」
竹本が微妙な表情で俺を見上げる。
「なら泊まる家が無いのも仕方ないね。うん」
「ほ、本当ですよ。私、未来人です!」
信じているってば。頑なにならないで。ほら、心を開いてくれ。そう言えば、竹本は俺を親切だとか言っていたもんな。親切な俺なら突飛な嘘でも信じるふりをしてくれると思ったのだろう。その信頼に応えなくては。
未来人でも超能力者でも何でもいい。俺はその通りに頷いてやるから、苦しいことがあるなら打ち明けてみろ。俺は気にしないぞ。
「信じてますよね? 相田さん!」と真剣に訊かれた。
「お、おう。もちろん。フッ」
やば、笑いが漏れてしまった。
「あ、やっぱり信じていません!」
竹本が涙目でショックを受けた様子を示す。しまった!
「ですよね、そりゃそうです。普通の方が、いきなり未来人だと言い出す人間に会ったら最初から信じるわけがないのです。どうして私は先に未来人だと打ち明けてしまったのでしょう……。他にも証拠を見せてから未来人だと伝える手もあったのに。これではただの変人です。頭のおかしな人です。相田さんみたいな人はそうそう巡り合えないのにこんなことしてしまって……美月の馬鹿。馬鹿ちんです。あ、そうです。時間を『遡れば』……。って、相田さんは『遡って』も記憶がリセットされないのですから駄目じゃないですか! うう、いよいよ手詰まりです。これからどうしましょう……」
えー。何やら一人でなよなよ悶え始めたぞ。俺のせいかな。俺が未来人設定を守れなかったから。欧米の女の子がこんな複雑怪奇な性格だったとは初耳だ。根は真面目そうだから、逆に悩みを深めてしまっているのだろう。
「相田さんはもう一生、私を未来人と信じませんか」
いきなりそう訊かれた。
「い、いやー、アハハ。信じるよ」
「ぜったい嘘です!」
竹本は塞ぎ込んでしまった。すごい鬱オーラ。どうしよ、これ。どっちにしろ放っておけない感じじゃないか。とりあえず俺は同い年の女の子を家に連れ帰ることを想定してみた。ふむふむ――。
「竹本さん。竹本さんが未来人にしろ、そうでないにしろ、俺の家には泊められないよ。一応、父さんは出張で数日間はいないけどさ、母親がいるんだ。同級生の女子を泊めていいか訊いたって、受け入れてくれるとは思えない」
竹本は絶望の表情を浮かべた。胸が抉られる思いだ。
「いいのです。無理なお願いをしたのは私ですから」
俺は顔を上げてもらおうとした。そんな気を落とさないで。
「俺から片瀬や福岡に連絡入れてみようか。あいつらならワンチャン部屋を貸してくれるかもしれない」
「だ、駄目です! お二人には家が無いことを不審に思われてしまうではないですか。未来人だと言ったって無駄ですよ」
確かにそうだけど、素直に家が片付いてないとか、宿泊代を節約したいとかもっともらしい理由をつければいいんじゃないか。それを言うなら、なぜ俺には未来人という設定で話が通ると思ったんだ?
それがもしかして俺が感知した変な時間の流れと関係しているのか。ループ、未来人、タイムマシン。色んな単語が俺の脳内でもくもくと繋がって――