一.黄金ある竹を見つくる(16)
俺と竹本は駅に向かって真っ暗な道路を歩いていた。駅まで繋がる一本の大通りを進む。通りの左右には飲食店、スーツ店、本屋、その他がそれぞれ眩いライトを光らせていた。
「相田さん、やはり泊めてはもらえないですか?」
竹本は断られても、躊躇いがちに訊いてくる。
「どうしてホテル住まいじゃ駄目なんだっけ? お金の問題?」
竹本は苦笑しながら、
「そうなんです。未来から物資を送るぶんには簡単なのですが、現金は送りにくいんですよ。お金は国が供給量を決定しているでしょう? 勝手に増やすと秩序の均衡が大変なのです」
「それはわかってたことじゃないの?」
もっともな疑問だろう。
「通信状態が悪くて秩序の調整が難航しているのが原因です。このままだと来月の半ばまでしか泊まれずピンチなんです。幸い、食料や消耗品は送られて来るのですが」
だとしても俺にそれを助ける義理は無い。もちろん、竹本が未来から来たという事情を知っていないと泊められないのはわかるけどさ。
「今日一日だけでもいいのですけど」
明日はまた別の宿を探すのか? さながら放浪人だ。流石に可哀想ではある。俺は夜道を歩きながら、もう暗いし早く決断してあげないといけないと思う。腹も減ったし。この道路に面しているファストフード店が目に入った。
「遅くなったし、一緒に夜食べてから帰る?」
竹本はびっくりした。一緒にご飯を食べるのは嫌かな。
「お昼休みのときも思ったのですが、昼ご飯は『昼食べる』で夜ご飯は『夜食べる』なのですね」
ああ、そんな言い方した。確かに不思議に思うかもしれない。そう言えば、昼も竹本は変な反応していた。言語文化の問題だ。こういう一つ一つが新鮮なのかな。
「外食は駄目か。お金使うし」
竹本は首を横に振る。
「いえ。せっかくですし、何か食べて帰りましょう。この時代っぽい物がいいです」
俺にはこの時代っぽい物がわからない。辺りを見渡すと、飲食店の看板はたくさんある。どこが良いものか。さっきのファストフード店じゃナンセンスなのはわかる。ガラの悪い連中も集まっているだろうから、竹本は連れて行けない。居酒屋は入れないし、ファミレスはこの時代っぽい物があるのかどうか。日本食ってことを言いたかったのかな。ポケットにある家の鍵を触りながら悩んでいると、いきなり竹本が俺の腕を引いた。
「相田さん、あれって」
竹本が指差す方向は大通りには垂直に交差した道路の先で、そこには回転寿司があった。
「お寿司ですよね。私、食べたことないんです」
「じゃあ行こうよ」
店内はそこまで混んでなかった。五分待ったところでテーブル席に通される。家族連れが多い中でちょっと浮いているけど、竹本と二食連続食べられただけで大満足ってもんだ。人生で人一人が持ち得る運の七割は使い果たした気分だ。
「ふふふ、いただきます」
竹本は手を合わせて笑う。まだ何もテーブルに載っておりませんが。
俺はレーンの上から湯飲み二人分を立ち上がって取る。茶葉を入れて、テーブルに備え付けてある例の押すタイプの給湯器で湯を入れる。
「すごいですね。ここからお湯が出てくるのですか」
目をきらきらと輝かせてお茶が出来上がるのを見つめていた。外国から来た少女を迎えて日本を案内しているみたいだな。ホームステイ中です、みたいな雰囲気を出そう。
「これはどうすればお寿司が出てくるのでしょう。流れているのを取ればいいのですか?」
「それでもいいし、食べたいものがあるならタッチパネルで注文できるよ」
俺はレーンの上部に設置されているデジタル画面の「にぎり」の部分をタッチした。一ページ目には本マグロ、中トロ、ハマチなどが並んでいる。
「竹本さんも何か頼んでみる?」
「私、何を頼めば良いかわかりません」
回転寿司だから作法とかは無いだろう。好きなものを頼めばいい。
「じゃあカレーで」
「邪道だよ」
俺の間髪入れないツッコミを聞いて、ボケ側はクスクス笑う。
「冗談じゃないですか」
あなたの冗談はわかりにくい。そんなこと言う子だったかと不思議に思う。その後、俺のチョイスに任せると竹本が注文の権利を勝手に譲渡してきたので、安定感のある定番ネタを選んだ。拒否権は一度も行使されなかった。
「これで四皿目だし──イクラも食べる?」
「はい」
「ウニも俺は好きだよ」
竹本はそのとき固まった。どうしたのかと問おうとする前に、みるみる顔が紅潮して瞳を背けられた。ウニって未来だと放送禁止用語なのかな。
「相田さん、その……」
その続きは待っても出て来なかった。
「ウニ食べない?」
「え? ウ・ニですか」
知らないのだろうか。確かに未来にはいないかもしれない。日本人がいないのなら、大消費国も無くなっただろうし仕方ないか。
「そう、ウニ。黒くてトゲトゲの」
「う、ちょっと待ってください。今調べますので」
すっかり元の調子に戻った? ような竹本は目の前の何も無い空間を触る。竹本には見えるというデジタル画面を見ているのだろう。そこまでポチポチ押してないことを鑑みても、視線なんかである程度操作可能なのかもしれない。
「ええ! 嘘ですよね。これ魚ですか」
絶句している。魚ではないだろう。
「それの中身の黄色い柔らかい部分を食べるんだよ」
「中身、黄色、柔らかい」と竹本は明らかに食欲を減退させていた。
「た、食べれば美味しいよ」
俺なりのフォローは入れておいたから、もし竹本が口に入れることさえ拒否した場合でもこれ以上責任は取らない。全国のウニ業界の皆様にはあらかじめ断っておく。
「では食べますか、ええ」
気乗りはしないらしいな。
「とりあえずここで注文はやめておこう」
「相田さんはラーメン食べなくていいのですか? ほら、あるみたいですよ」
タッチパネル横の広告を指して笑った。これは冗談かな。
「やめてって。寿司屋で食べるものじゃないよ」
俺は苦笑で返すけど、おわかりの通り、俺は麺類が好きなわけではない。
「まあ、寿司が来るまで気長に待ってよう」




