一.黄金ある竹を見つくる(9)
「冨田かよ、アホめ」
仕方なく応答しようと思ったが充電が二パーセントしかない。絶対途中で切れる。
「もしもし、相田だ」
『お、アイか。悪いんだけどさ——』
切れた。プー、プーと無情な音が響く。竹本は不思議そうに眺めていた。未来人にとって充電に縛られる俺たちは馬鹿に見えるかもしれない。
「竹本さん、スマホ貸してもらえないかな? 冨田に電話かけたいんだ」
「あっ、はい。こちらです!」
竹本はビシッとスマホを俺に見せてくる。うん。電源入れて、電話の画面にして欲しいです。
「なるほどです。そう言えば、チャラ田さんとは連絡先を交換しましたものね」
竹本は早速電話を掛けてくれた。手の平にスマホを載せてじっとしている。
「さっき俺がやったみたいに耳に当てて話すんだよ」
竹本は頷いてそうした。俺が和んだ気持ちでいると、電話が繋がった。
『え、もしもし? どなた?』
冨田が失礼な反応をした。お前せっかく竹本から電話貰っておいてそれは無いだろ。
「私です、竹本美月です」
『竹本ちゃん⁉ どうして?』
「今、相田さんと一緒にいるので、お電話代わります」
竹本は俺にスマホをパスした。俺はスマホを持って電話に出る。
「おい、冨田、聞こえる?」
『……どうしてお前が竹本ちゃんと一緒なんだ』
恨めしげな声が聞こえる。どうでもいいだろ。用があったんじゃないのか。
『そうだよ、今どこにいる? もし学校の近くにまだいるなら校門まで来て欲しい』
校門まで? なぜ俺が呼び出されにゃならんのだろう。
「今、竹本さんを町案内してたところなんだ。高校なら行けるぞ」
『じゃあ来てくれ、早くな』
そう言って切ってしまった。何だったんだ。とにかく急ぎの用事だったみたいだし、行ってみようか。
「ええ、そうしましょう」
竹本と共に小走りで神社を出た。辺りはもう薄暗い。神社の前、桜の並木道に出ると桜が紫っぽいライトで装飾されていた。ライトアップなんかしているのか。ショボい電灯だ。
「あっ、相田さん。あれって」
竹本が前方を指差す。向こうからは、スポーツバッグを肩に掛けた片瀬と、数人の女子生徒がこちらへ歩いて来ていた。水泳部の連中だろうか。どうしてこんな所にいるのだろう。
「挨拶します?」
「いや、時間も無いし、隠れてやり過ごそう」
俺は竹本を桜の木の後ろに呼んで隠れて待った。竹本にはああ言ったけど、片瀬に見つかって、からかわれるのが嫌だったのだ。片瀬たちが通り過ぎると、再び走り出す。学校まで大体七、八分だった。
「はあ、はっ。も、もう着きましたか?」
竹本は体力が無いみたいで、息を切らしていた。俺が視認する限り、学校前には物騒な雰囲気が漂っていた。なぜって? 見ればわかる。パトカーが一台、赤色灯を光らせていたんだからな。
「あ、アイ。こっちだ」
校門前には天パ眼鏡の冨田が立っていた。俺とくたくたの竹本はともかく状況を尋ねる。
「どういうことだよ。何があった?」
「説明するよ。さっき、岡ちゃんが事故に遭った」
「ふ、福岡さんが?」と竹本。
岡ちゃんって福岡だよな。あのおどおどしたチビの団子髪。
「よく見てみろ」
冨田が指す向こう、パトカーの前方には白い軽自動車が道の方向から横向きに停まっている。しかも歩道をまたぐ形で。歩道にいた福岡にぶつかったのか。
「福岡さんの容態は? 大丈夫ですよね」
「うん、脚から流血してたが幸い意識はあったよ。あ、俺が第一発見者だ」
冨田が話した事情はこうだった。冨田が六時過ぎに下駄箱にいると、福岡が走って学校を出て行った。そんなに慌ててどうしたんだと思っていたら数十秒後、ドンッという音がした。悪い予感がして校舎を飛び出し校門を出ると、軽自動車が停まっていて、福岡が助けを求めていた。福岡は車の下敷きになり、脚を怪我していた。周囲に誰もいなかったため119番通報をしてから何とか引っ張り出そうとしたんだと。話だけだと頼もしいヤツだ。そこに通り掛かった運動部員や駆け付けた教師によって福岡は引っ張り出され、救急車で運ばれて行った。運転手も怪我をして運ばれたみたいで、今は警察が現場を見ているらしい。
「んで、なぜ俺たちを呼んだんだ?」
俺が質問をすると、冨田は手にぶら下げたリュックを俺に見せた。
「これ、岡ちゃんの荷物なんだ。置いて行ったから。ご家族も取りに来られないだろ? 病院に付き添うだろうし。家が近くのアイに持って帰ってもらおうと思って」
そういうことか。俺に福岡の荷物を持って行ってもらうってことね。
「俺が帰ってたら、どうするつもりだったんだよ」
「そりゃあまあ、そんとき考える。例えば、アイの最寄り駅までチャリで行って、案内してもらうとかな」
俺は荷物を届けるくらいは構わないけどさ。
「それよりも、どうして電話が切れたんだ?」
「充電が無いって話したろ」
冨田は「そうだっけ?」ととぼけている。竹本と一緒に行動していて良かった。
「そうだな。お前が竹本ちゃんといてくれたから良かっ——良くねえだろ! 何してたんだ、アイの野郎」
俺は冨田に思い切り揺さぶられた。助けて、竹本さん。
「チャラ田さん、相田さんは親切心で案内してくださっただけで……」
冨田は「そうだよね。わかってるぜ」と白い歯を見せてすぐ解放した。
「でも、二人とも俺の連絡先をどうして知ってたんだ? アイが番号を覚えていたのか?」
ん? 違うだろ。竹本のスマホに入っていたんだ。
「俺のスマホには、竹本ちゃんのが無いけど」
確かに見せてもらうと、冨田のスマホには竹本の名前が無い。
「おかしいですね。私の方にはありますよ」
「もう一回交換してもいい? こういう緊急時のときのためにもさ」
冨田はまた竹本と交換していた。羨ましい。そして歯がゆい。ちゃんと充電して来るんだったぜ。
「あの、福岡さんは明日学校来られるような様子でしたか?」
竹本が躊躇いがちに尋ねた。
「いや、明日は流石に……」
冨田は目線を外して答えた。その先は言わなくてもわかる。そりゃ駄目だろうと思う。竹本は未来の人間だからわからないのも無理ない。
「事故を最初に発見した子いますかー?」
警官と集まって話してした教師のうち一人が大声で呼んだ。冨田のことじゃないか?
「え? 俺か。行ってくるな」
冨田が駆けて行った。それを見届けてから竹本が顔を寄せてくる。
「もし相田さんが良ければですが……時間を『遡って』福岡さんを助けませんか?」
言うと思った。同じことを考えていた。竹本の技術を使えば助けられるのではないかと。
「簡単にできるのか」
「やってみないとわかりません。ですが恐らくは、できます」
それなら一肌脱ぐしかない。福岡とは腐れ縁だし。
「ですよね。三十分前くらいですか」——瞬き。




