三十五.長き契のなかりければ(12)
「お待たせしました。今日の夕食です。しかも五種類のメニューから選べます」
ノエルと阿部がお盆を手に運んで来た。お盆からはホクホクと湯気が立ち昇っていた。どんな食事を出してくれるのか、少し期待する。二人はこたつの上に並べていく。
「こちらはカレイメシで、チキラメシですね。こっちは赤いヒヅメと緑のタテガミ。焼きそばもあるっす。もう出来上がってます。先輩方からお選びください」
カップ麵じゃねえか! いやカップ麺でいいんだけどさ、含みを持たせるな。豪勢な食事が出るのかと思ったじゃないか。俺はチキラメシを貰ってスプーンでぐるぐるかき混ぜることにした。
「え、アイくん。タダで食べようとしているの? 引くわー」
「相田くん、君って卑しいよな。いちゃもんも付けるし、後輩に奢らせるし」
深雪と石島は、ちゃっかり後輩にカップ麺代を渡している。こいつら、律儀さや気配りにかけては一級品だ。俺も忘れてたわけじゃない。あとで払うよ! ノエルは「シュータ先輩以外は、お代は結構です」と断っていた。
長方形の机の四辺に、俺と石島、深雪、阿部が座る。そして、
「あはは。では、失礼します」
ノエルが俺の真隣に入って来る。は? なんか近いんだが。お前は阿部の隣に行けよ。
「いや、女子に肩身の狭い思いはさせられないでしょう。石島先輩や相園先輩とは、そこまで親しい仲ではないですし」
ヘラヘラ答えるノエル。マヨビームをしている。阿部は、お前と肩を寄せ合って食べる方が喜びそうだが。
「ノエルくん、シュータセンパイと熱々だね。悔しいけど、譲るよ」
緑のタテガミを選んだ阿部が名残惜しそうに言う。代わるか? てか代われ。
「アイくん、私の隣に来る? イチャコラするでしょ?」
「さ、まずはいただきますをしようか。全ての食材に感謝して、いただきます」
奇しくも、超能力者(深雪を除く)が一堂に介した。美月奪還作戦の決起集会でもある。
「元々、送別会を予定していたんすよ」
ノエルが、カップ麺に夢中になる一同にそう切り出した。幸い、メシを混ぜ続けていた俺と深雪が反応する。
「そうだったのね。私は関係ないだろうけど、アイくんは誘うつもりだったんでしょ」
「いえ、初めから相園先輩も誘うつもりでした」
へえ、結構な大人数でやるつもりだったんだな。そろそろ食べるか。ふー。
「……ノエルくん、嘘でしょ?」
「もう、やだなぁ。真実っすよ♡」
「へーそっか。うふっ。お気遣いありがと」
ふむ。チキラメシは、塩分過多ですげーうまい。疲れた体に染み渡る。
「なあ、ノエルと阿部。送別会をやるつもりなら中止してくれ」
「え、そんな……。でも先のことはわからないから、仕方ないですね」
阿部がしゅんとしてしまった。厚揚げを食べていた石島が反応する。
「違うよ、これは相田くんのモテテクってやつさ。下げて、上げるという」
石島も俺へのイジリが楽しくなってきたくちか? それ皆が通るやつだぜ。美月も二年の冬くらいには俺へのイジリを会得していた。
「まあ、そうだな」
「みよりんのツンデレがうつったんじゃないの?」深雪が睨む。
「知らんけど、俺の方でも、お別れ会を企画していたんだ。だから、これまでの企画は中止して、二つを合体させよう。卒業式の日の午後、皆を集めてお花見会をする。去年みたいにさ。それでどう?」
その場の四人は驚きつつ笑顔を見せた。俺は照れ臭くなってスプーンを動かす。
「去年は桜も咲いていないどころか、深雪と俺が、色々やらかしたせいで楽しめなかったし」
「もう一年経つンダー、早いデスネー」
深雪が目を逸らす。
「だから、今年はきちんとお花見しよう」
ノエルが「いいんじゃないっすか」と応じた。
「美月先輩を連れて、必ず」
「例年、桜の開花は十五日から二十五日前後。さて、桜は咲くかな」
石島がちょっと意地悪なことを言う。大丈夫だ。俺たち三年生にはサクラは咲いた。だから美月にもきっといい知らせが来る。
「わ、私は力になれることは少ないと思うし、お花見の手配は任せてください!」
阿部が箸を持つ手に力を込めた。阿部は人脈が広いから頼りにしてる。
「それが、俺たちの最終目標だ。美月を連れ戻して、美月を家族に会わせる。それだけじゃなくて、最後は必ず美月を卒業式に参加させ、お花見会に呼ぶ」
目標さえ定まっていれば、迷わないだろう?
「じゃあ、具体的な話、始める?」
深雪が俺に促した。そうだな。体も室内も温まってきたことだし。まず美月の記憶喚起作戦についてだ。具体的には――