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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
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一.黄金ある竹を見つくる(8)

「時間を『遡った』ら、皆の記憶もリセットされるんだよね。冨田たちは気付いてなかった。なんで俺は記憶がリセットされなかったんだ?」

 竹本は頷いた。やはりそこが問題点だ。なぜ俺は竹本の時間操作を察知できたのか。竹本が仕向けたわけじゃなさそうだ。

「私たちにもわかりません。私が訊きたいくらいです」

 そんな真面目フェイスで断言されても……。あと、顔が近いです。

「相田さんの言う通り、時間が『遡れ』ば万物の状態が復元されるので、全人類の記憶はリセットされます。ですから、本来は私自身の記憶も失われます」

 理論的にはそうなんだろうね。

「私の記憶が保持できないと、そもそも『遡った』ことに気付けないのでやり直しが利きません。ですから、特別に記憶を保持できるよう設定するのです。紙や機器のメモなどの内容も失われて不都合な場合は、便宜的にリセットから除外されます」

 竹本は説明のときは生き生き話す。理屈っぽい話が好きなのかもしれない。

「俺の記憶も保持できる設定にしてあったってこと?」

「いいえ。そうする意味は無いです。だから不思議なんです。本来相田さんは記憶をリセットされるはずだった。でも、何度やってもリセットされない」

 俺だけが、時間を「遡って」も記憶が消えない唯一の例外だったのか。つまり?

「相田さんは、普通の人間とは違います。異能力、超能力を持っています」

 ……なんでそうなるの? 科学の話じゃなかったのか? 超能力みたいなフィクションが出て来る余地がどこにあったのだろう。

「これは仮説ですけどね、私をこの時間軸にねじ込んだことによって、世界の秩序が乱されてしまったのではないかと考えているんです。本当は秩序は上手く調節されるべきなのですが……。他にも、大事な資金の調達が遅れたり、オペレーターとの通信が今のところテキストでしか行えなかったり、問題が山積みでして」

 大丈夫か、未来人。ってかさ、オペレーターに今も監視されているのか。せっかく竹本と二人きりだと思ったのに。

「オペレーターは一人で、彼は年上の科学者、技術者です。幼い頃からよく知っていて」

 幼馴染み! 許せない。それはまあいいとして、俺は世界の秩序が乱れた結果、チート能力をゲットした超能力者になったって話だったよな。竹本は苦笑いした。

「ええ。私たちは相田さんを恐らく、時間を『遡って』も記憶が保持される、という能力を持った超能力者にしてしまいました。本当にすみません! どうお詫びしたら良いか」

 竹本は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。まあ実害が無さそうだから構わないけどさ。そう思いながら、でも内心はちょっと喜んでいた。面白い事態に巻き込まれたこと、運命だという予感は間違っていなかったこと、何より竹本美月と知り合いになれたこと。不安よりも、期待の方が膨らんできた。

「とりあえずなのですが、どうにか相田さんを正常に戻せないか試行します。それまでどうか、協力してくださいますか?」

 竹本は弱々しい目つきで俺を見つめた。根が善良だから、苦慮してくれているのだろう。俺は笑顔で応じた。俺にとってはメリットこそあれ、デメリットなんか無い。竹本がミスしたときに時間を「遡る」のは見ていて結構カワイイし。俺は手を差し伸べた。

「まあ難しいことはわかんないけど、協力はするよ。よろしく」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 俺と竹本は握手を交わした。協力の握手って、ビジネスみたいだな。思ったより胸が熱くならないものだ。でもさ、せっかく未来人の友達が出来たらやっぱり——

「ねえ、竹本さんのことと未来のこと、もっと教えて欲しいな」


 俺は竹本からたくさんの情報を仕入れた。驚きもしたし興味があったから、つい熱心に聞いてしまった。ちょっと教えよう。竹本は時間の操作以外に、物質の構成ができるそうだ。今は小規模でしかできないが、材料の原子を世界のどこかからテレポートで調達して来て、食べ物でも金属でも作れるみたいだ。あとで見せてもらおう。他にも、体内に砂粒より小さいコンピューターが入っていて、体のメンテナンスをしたり、視界にデジタル画面を浮かび上がらせたり現実に投影したりもできる。俺も見せてもらった。訳のわからない文字列が竹本の前に浮かんでいた。これでもう信じるしかないというか、夢じゃないよな。

 未来の状況も聞けた。人類は三十一世紀に別の星に住んでいて、竹本は地球に来たのが初めてだと言う。やっぱりデジタル技術が進歩していて、現実世界と仮想世界が共存しているらしい。仮想世界の中で出逢って、結婚して、子供を設けて、また更にその子供が結婚して……ということもあるようだ。平和で怪我や病気も無く、物の不足も無いからお金も無いらしい。だから券売機で物珍しそうにしてたんだな。

「——へえ。じゃあ竹本さんは、日本語でも英語でもない、今はまだ存在しない言語を話しているんだ?」

「ええ。ですから翻訳機能に頼っているのです。体内コンピューターが、翻訳して耳に届けてくれますし、口も勝手に動かしてくれます。文字を書くときは、視界の画面でリードしてくれますし」

 こんな感じでずっと話していた。で、空を見てみると日がすっかり沈みかけていた。竹本も一々真面目に答えてくれるので、夢中になってしまったようだ。もうそろそろ帰らないといけない。

「もう六時二十五分だ。遅くなっちゃうし、今日はここまでにして帰ろうか」

 俺は腕時計を竹本に見せた。実に二時間。話しすぎた。すると、

「あの、帰りますか? 実はそのことなんですけどね、ご相談があって」

 竹本は言いにくそうに俺を窺った。

「未来との通信が上手くできていないことは話しましたよね? その関連でお金の送金が不調でして、このままだと資金が不足しそうなんです」

 節約しないといけないんだね。可哀想に。未来から来た竹本にとっては、ただでさえ千年前の時代の生活は不便だろうに。

「ですから、相田さんのおうちに泊めて欲しいんです」

「……もう一回、言って?」

「一日でもいいんです。少しでも滞在費を浮かせるために、相田さんの家に下宿させてください!」

 駄目だって! どう考えても年頃の女の子を、それも今日知り合った、おまけに超がつくほどの美人だ。しかも同級生で、未来人で、家には母親がいて……。

「ごめんなさい」

「い、いえ。仕方ありません。駄目もとですから」

 竹本は俯いてショックを隠せないでいた。罪悪感が胸をえぐる。だけれども俺には荷が重すぎる。どう慰めたものかと頭を悩ませていると、電話が鳴った。後にしてくれよ、と思ってスマホを見ると、相手は冨田だった。

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