三十五.長き契のなかりければ(2)
結局一時間半ほどかけて全ての家具を選び終えた。一通りぐるっと見て、ミヨが「まとめの契約お願いします!」とレジに申込み、売り場の係員に対応してもらった。
流石に、二家族を同時に応対するのは大変だったろうが、俺とミヨは大体同じ家電を、全く同じ間取りに運び込んでもらうわけなので、何とか午前中に終わった。
ミヨの方が勧められるままに国内の大手メーカーを買おうとするからちょっと悔しかったけどな。背伸びしても意味はないので、身の丈に合う機能の少ないモデルを買うことになった。ミヨの方がテレビがワンサイズ大きいのはずるい。
配送伝票を作ってもらう間、俺とミヨはカウンターに座って待っている。親たちは家電を見に行ってしまった。ミヨは隣に座る俺に色々と話し掛けてくる。この子は大学生活が楽しみで仕方ないのだ。
「シュータってサークル入るの? 何がやりたい?」
「いや正直まだ何があるのかも見てない」
「もう、全然やる気ないのね。ガクチカが何もなくて慌てる未来しか見えないわよ」
「ミヨはもう決めてるの? サークル」
「テニサーか、落研か、インカレのボランティアサークルかしら?」
「そんな人生の墓場みたいなサークルに入るのか」
ミヨは「何も入らないナメクジよりマシよ」と俺を殴る。気安く触るな。カウンターの向こう側では、長大な伝票を店員さんが作ってくれているのに。恥ずかしいな。
「まあそれは半分冗談だけどね。自分のペースで参加できるのがいいかしら? 理系って忙しいのよ。遊んで飲むだけの文系とは違って」
さいで。
「バイトだってしなくちゃだし。何のバイトしたい?」
「なるたけ愛想を求められない仕事」
「単純ねえ。まああんたが接客を極めるのは果てしなく無理でしょうね。私はカフェの店員さんがいいわ。ガラス張りでさ、静かでお洒落なところで働くの」
「それはなれるんじゃねえの? ああいうのって顔採用だろ」
ミヨはまた俺の肩を揺らした。怒るなよ。事実だろ。
「夢のないことばかり。あんたは全然楽しみじゃないのね。でも顔がいいって思ってくれてありがと!」
ミヨは話題がころころ変わるから扱いにくい。俺は腕組みしてミヨの方を向く。
「ミヨは不安じゃないのか。新しい環境で友達だってできるかわからないのに」
ミヨはうふふと苦笑いした。
「だって、友達できなくてもシュータがいるもん」
「家族は友達に入らないんじゃないか」
ミヨは「エ?」と奇妙な声を上げた。いや、違うんだ! 冗談めかして言おうとして失敗したんだ。家族とは言ったが、別に変な意味じゃないんだが……。ミヨは口元を隠した。
「う、嬉しいよ、私。家族って思ってもらえるのは」
「まぁ、うん。隣の部屋に住んでいたらもう家族みたいなものだ。比喩として」
「会いたくなったら、ベランダつたって行くわね!」
「落ちるぞ、酔っ払い」
「誰も酔ってから行くなんて言ってないでしょ!」
そのとき、「アララギ様の方の伝票の準備ができましたので、」と支払いになった。ミヨは母から渡された黒いクレカを見せて「一括で」と決める。すげー。
「シュータもカードじゃないの?」
「俺はキャッシュカード。額が額だからな。俺専用の教育資金の口座があってそこから払うんだ」
「シュータ。ほら見て、一括で!」
「見せつけるな。一括を」
そこから今度は俺の伝票を作るターンになり、ずーっとミヨと話していた。よく話題が尽きないものだ。
でも、それも理由のあることだ。全ての受験が終わったのは2月の中旬で、最後の合否発表があったのは20日を過ぎてから。ミヨとは共通テスト以来一カ月近く会っていなかったのだ。
内見で一カ月ぶりに会って、今日は二回目。ずいぶんと喋りたいことがたくさんあるらしいな。受験が終わってすぐは、お互い疲労困憊だった。今は慰労と思って付き合ってやろう。ミヨの話は、俺の伝票が出来上がるまで続いた。
思いのほか時間を食ってしまったので、家具選びは午後に延期された。お腹も空いただろうし、まずはランチを食べようという流れになる。ミヨは高級ドライヤーを買ってもらえてウッキウキの様子で、さらに「シュータもうちの車乗りなさいよ~」と誘ってきた。
だから俺は、今こうしてミヨのお父さんの運転する「言っても500万くらいよね」という、トヨタの広々SUVに乗っているのだ。さらば、俺の家の軽ワゴン。