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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
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一.黄金ある竹を見つくる(7)

 俺の手にはペットボトルがあった。中身もしっかり入っている。腕時計は「四時三十一分」だった。嘘だろ。なんで? どういうことだ。壮大なマジックか。そうだよね。時間がどうこうってのも演出でさ。試しに飲んでみるが、普通の味だ。偽物じゃない。

「どうですか? 今のが時間を『遡る』行為です。私たちは時間をリセットして、以前の状態まで復元できるんです。それを術語として『遡る』と呼んでいます」

 俺はペットボトルをしまった。そして竹本と目を合わせる。時間を「遡る」ことができるのは認めるしかないかもしれない。俺と竹本は再び歩き出した。

「……わかった。イコール未来人、じゃないけど時間を操れるのは渋々認める。そうやって過去や未来に行けるんだな、竹本さんは」

 そう言うと、苦笑された。間違ったことを言ったのかな。

「もう少し、時間の観念を整理してもらいたいです。説明しにくいので」

 俺は難しい空想談義は理解できないのだが。文系にもわかるように教えてくれよ……。

「そ、そんな難しいことじゃありません! 時間を『遡る』というのはリセットです。もう一つ、時間を『戻る』ことと区別して欲しいのです」

 ……ん? 残念ながら俺は時間の流れについて生まれてから一度も考えて——

「今、ちゃんと解説します。先ほどから起きているのは万物が過去の状態に戻ることでしょう? 相田さんも含めて、全てが若返った」

 その通り。だからスマホもペットボトルも、ついでに思い出すと冨田や片瀬たちの記憶や言葉も過去の状態に戻ってしまっていた。

「『戻る』とは、私が過去に赴くときに使った技術のことです。異なる時間軸(後で聞いたら、それぞれの世界のことらしいね。年表って長細いだろ? そんな感じ。俺の時間軸と竹本の時間軸は平行になっているんだけど、まあわかんないよな)どうしを移動すること。タイムマシンを使って、過去に行く。違いを簡単に言うなら、時間を『戻れ』ば過去の自分と対面できます。自分が若返るのではなく、昔に行くことです」

 それならわかる。タイムマシンで過去に行く。昔の自分に会ってアドバイスする、みたいな? 時間を戻るって言われて最初に思い付くのはこっちだろう。前者の方は、人生をやり直したいときに思い浮かべるやつだ。

「俺が今まで見てきた時間のおかしな流れは、竹本さんが引き起こした『遡る』方なんだね?」

「そうです。一応言っておきますと、私は時間を『遡れ』ても、進めることはできません。技術的な話なので今は詳しく言いませんが」

 情報過多で、ややこしくされると頭がこんがらがりそうだからな。

「んで、『戻る』ってのは何なの? 関係あった?」

「私が相田さんのいる時間軸に来る際に使ったのが、『戻る』方です。私はタイムマシンを用いてこちらに『戻って』来たのです」

 なるほど。竹本の説明で言えば、「遡る」ということは若返って元の状態になるということだ。西暦三千年代の竹本が若返っても、西暦二千年の俺たちの時代には来られない。竹本が千歳のおばあちゃんじゃない限りは。必然的に「戻る」方で来たんだ。

 *たとえばマラソン。十キロ走ったとする。もう一度スタート地点や五キロ地点からやり直す場合は「遡る」。別のレースに途中から割り込んでいくのが「戻る」。割り込むのは別に十キロ地点からでも、四十二キロ地点からでもOKだから、美月は千年前の俺たちの時代に割り込めたんだ。

 

 気が付くと神社の手前の一本道に着いた。そこでは桜が両側に立ち並んでいて、ひらひらと花びらが散っている。

「わあ、近くで見ると美しいですね。満開です」

 竹本は頬を桜色に染めて上を見上げていた。俺はその竹本を見て美しいと思った。連れて来て良かった。

「そうだな。風が吹くとね、桜吹雪が舞うんだよ。綺麗に散るんだ」

 そう言うと、竹本はにっこりした。

「綺麗に『散る』って考え、素敵ですね」

 そうかな。そうかもな、うん。俺はポケットに手を入れて神社の入口へとゆっくり歩く。話を再開しないと。日が暮れそう。

「竹本さんは、未来人でタイムマシンを使って来たんだよね。なら、目的があるんじゃないの?」

「そうですね。私は、過去に向けてタイムマシンを飛ばす実験の被験者なんです。人類最初の時間遡行でして、この安全な二十一世紀の日本に来ました」

 マジで? 人類初のタイムマシン被験者。そんな歴史的人物が目の前にいるなんて。握手してもらおうかな。サインも貰いたい。

「握手、します?」と竹本が躊躇いがちに訊く。

 いや、いいです。恐れ多いから。心臓がもたないし。

「竹本さんはタイムマシンで過去を変えて、自分たちの運命を変えようとしているわけじゃないの?」

 竹本が首を横に振った。違うみたいだ。

「違います。いくら私が相田さんの時間軸に干渉しても、私たちの時間軸に影響はありません。なぜなら、パラレルワールドだからです。相田さんの方の時間軸には私が来た。でも私の時間軸の西暦二千年代に、私自身が来た記録はありませんでした。つまり、異なる出来事を経ていますので、同じ歴史を辿れません。私がこちらの時間軸に来たときから、もう既にパラレルワールドと化しているんです」

 ふうん。じゃあ本当にタイムマシンのお試し運用なんだな。

「聞いても仕方ないかもしれないが、どうやって来たの? 時間を移動するっていう概念が俺たちにはからっきしなんだけど」

 俺は鳥居の前で礼をした。竹本も真似して、それから話を続ける。

「私の個体情報を、コンピューター上の時間軸にねじ込むのです」

 俺は本社の方に向かった。そして石造りの土台の上に腰掛ける。隣を手で払って、そこに竹本が座った。ここなら日陰だし、誰からも見えないから居心地がいい。

「まず、記録を元に、世界全体を二進数に置き換えます。そしてコンピューターで二十一世紀の世界を逆算やシミュレートにより作り上げます。そこに私があたかも元々存在したかのように、情報を書き込んで『改変』するのです。そうすると私はその時間軸に存在できる。『戻る』とは、この仕組みのことです」

 タンマ。それだと俺たちの世界……時間軸だったか、はコンピューターのデータにある単なる情報ってことになるじゃないか。そんなはずないだろ。俺は確かに生まれて育ってきた。それが数年前にコンピューターで生まれた世界です、なんて納得できるか。じゃあ竹本たちの意思があればいつでも消去できるのか。

「時間軸の優位性ですね。その問題はあります。でもそれは普通のことなんですよ。相田さんの時間軸だって、千年後にはコンピューター上に世界を作れます。そして私たちの時間軸だって、未来から人がやって来る。つまりコンピューターの中なんです。何と言うべきでしょうか。お互いマトリョーシカの途中みたいなものです」

 それ自体が珍しいことじゃないってことか。まあとりあえず納得。俺は溜息を吐いて辺りを見回した。神社の境内は竹林に囲まれている。さわさわと笹がこすれ合う音がして心が安らいだ。一旦落ち着いて——あれ? 一番大事なことを忘れてる気がする。

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