一.黄金ある竹を見つくる(7)らいと
「桜って綺麗ですね。ふわぁ」
暖気を含んだ風が花びらを舞い上げる。満開の時期も過ぎたので後は散っていくだけだ。神社まで繋がる河川敷の道を並んで歩いていた。竹本は物珍しそうに顔を上げて周囲を眺めている。
「確かに、夕暮れと相まって綺麗だな。俺もここに来るまで気付かなかった」
駅とは反対方向にあるので実際あまり来ないのだ。静かで人通りもほとんど無い。日中に土手に寝そべっていたらさぞ気分がいいだろうな。ただし、
「相田さん、こんな場所も知っているのですね」
異次元の可愛さを持つ竹本と一緒にいると、気が休まらない。目が合うだけで緊張してしまうのだ。ところで、俺たちはこんな所でこれから何をするのだ。
「あの、竹本さん。急に呼び出されたのはいいが、何の用事があるんだ」
俺は今日ちょっと頭が疲れているらしいので、早く帰って眠りたいのだが。
「でも、相田さん、課業中寝ていらした気がするのですが……」
それは、置いといて。竹本も「置いといて」のジェスチャーを真似する。
「ドキドキするからそろそろ教えてくれないかな。話っていうのは頼み事……?」
竹本はうーんと一拍置いて考えた。
「頼み事といえば、頼み事です。もちろん事情があるのですが」
「俺にしか頼めないことなのか」
「そうなりますね」
これといった特技も特徴も無い自分にだけ? 「マルチ商法」の文字が俄然光り出した。いやロマンス詐欺かな。少し身構える。
「えっと、もう教えてくれてもいいんじゃないかな? とりあえず頼みごとを引き受けるかどうかは、聞いてから考えるからさ」
「はい。ですが、どう説明したものやら。あまり難しくて長い話をされるのは、皆さんお好きではないですものね。でしたら、ここでは簡潔に、単刀直入に言うのみです」
俺たちはちょうど神社の石段の下までたどり着いた。ここをかけ上がれば境内に着くことになる。竹本は俺を真っ直ぐ見つめて言った。
「本日、相田さんの家に泊めていただくことはできませんか⁉」
……逆ナン?
俺がもしかしてそういうお誘いかと思ってうろたえていると、竹本が気付いた。そして竹本まで慌て始め、訂正する。
「違うのです。相田さんが気に入ったから一緒に過ごしたいという意味ではなくてですね、これには深い事情があるのです。泊まる宿が無いという切実な事情が」
だよね。それを聞いて、俺はひと安心する一方で、少しガッカリした。
「海外から越して来て、まだ新居が片付いてないの?」
「いえ、そうではなくてですね」
竹本が口ごもるので、俺はひとまず階段を上がろうと促した。一段一段が高い石造りの階段だ。俺はふと想像した。竹本の家はまだ寝泊まりできる状態ではないのだろうか。なら両親はどうしているのだろう。俺は色々納得できない考えを巡らせて、竹本の表情を窺った。階段を上りながら、難しい顔をしている。
「どうしたの?」
「相田さんをどう説得しようかと脳内シュミレーションしていたのです」
は、はあ。なんで俺に頼むのだろう。家に泊まるなら女子の家の方が都合がいいだろうに。やがて階段を上り切り、境内の入口へ到着した。石造りの鳥居の向こうには阿吽の狛犬がいる。角を曲がって行くと、本殿が見えるはずだ。
俺と竹本は歩いて行って本殿の横に座った。小山の上は竹林に囲まれ、静かでさらさらと笹の音が反響している。他に人はいない。
「で、なんで俺の家に泊まりたいんだ?」
「それは、泊まる場所が無くてホテル暮らし中だからです。滞在費がかさんでしまうためです。このままでは二週間後に私は野宿の運命です」
の、野宿? てっきり豪邸を構えたお嬢様だと思ってたのだが。
「えっと、家族の人は?」
「今はいません。私一人です」
「な、なんで?」
なんでと訊くのも不躾かもしれないが、思わず口から漏れてしまった。しかし竹本は気にも留めず、淡々と事実を打ち明ける。
「なぜ一人なのか。いいでしょう、話します。相田さんには受け止めてもらうほかありません。だって時間の『遡り』に気が付けるんですもの」
今、何て?
「私は未来人だからです。西暦三千年からタイムマシンで一人、時間を『戻って』きた未来人なのです」