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みらいひめ  作者: 日野
終章/帝篇
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三十四.月の都の人(12)

 俺はルリに見送られて現代に戻った。玄関から家に入る。寒さは厳しいし、家は庶民派だしガッカリしたくなるぜ。まあこの家にもあと数十回しか帰らないわけだが……。


「ただい――」

「お帰りなさい、あ・な・た」


「……なんで深雪」


 家に帰ると、深雪がエプロン姿で待っていた。帰る家を間違えたかな。一回外に出た方がいいかもしれない。俺がUターンをしそうになると、深雪が引き留めた。


「ちょっと待って! アイくんどこ行っちゃうの?」


「どこ行っちゃうのじゃないだろ! 本当になんでお前はここにいるんだよ、ストーカー」


「心外。ストーカーじゃないんですけど」


 犯人はアイツしかいまい。俺は靴を脱ぎ散らかすと(わざわざ片付けるな深雪!)、リビングへ直行した。俺がいつも着ている白のパーカーを着た兄貴がソファーにいた。


「おい、お前だろ。深雪を中に入れたのは!」

「ん、そうだよ」


 やっぱりな。二日連続で違う女の子を家に呼ぶクソ野郎みたいに家族に思われているに違いない。


 いや、兄貴も深雪が来たなら帰せよ。カレンダー上では冬至を過ぎて、外は既に真っ暗な闇夜だぞ。こんな時間から女子を帰らせるのか。兄貴はコップにビールをなみなみに注いで一口含んだ。


「はあ、うまい……」

「うまい……じゃなくてさ」


「いや周太郎。人の金で飲む酒ほどうまいものは無いよ。自分で買って来た酒を飲んでも何も楽しくないもんな。わかるか?」


「わかってたまるか」


 高校生だぞ。兄貴は「やはりうちの弟のツッコミは一味違うな」と感心している。


「相園さんは周太郎の客じゃないよ」

「どういう意味だ?」


「俺の客なんだ。今日は午後から相園さんと食事をして――」


 俺は兄貴の首を絞めて落としにかかった。なんだお前は深雪を狙っているのか?


「おいっ、周太郎。離せ! 話せばわかる」

「わかるかっ!」


 そこに深雪が慌てて戻って来た。そして俺を引き剥がす。ぜーはー。何が起こってるんだ、このクリスマスに。


「アイくん、私を盗られたくないばかりに」

「全力で否定するわボケ」


「え、じゃあお兄さんを盗られたくなくて……」

「もっと違う!」


 兄貴は「まあ座りなよ」と隣を勧める。兄弟で仲良くソファーに座ったりしてたまるか。どういうことか説明してくれと俺は立ちっぱなしで聞く。深雪がご機嫌で話を始めた。


「今日、私はお兄さんが帰って来ていることを知ったのね」


 どこで?


「どこでも。だから私の方から連絡を取って、食事に誘ったのよ。私とスバルさんは生徒会でお世話になっていた仲でしょう?」


 深雪が一年生のときに生徒会のことで兄貴が指導したのは知っている。今も連絡を取っていたことは初耳だがな。でもなぜ食事なんか誘うんだ。


「受験や大学生活のことなんかについて聞きたいことがあったからね。私も国立大学に行こうと思っていたし、スバルさんも法学部でしょ?」


 きちんと理由があったのね。まあ理由もなく男子大学生が女子高生と食事をしたら逮捕だけどな。


「え、相園さんは十八歳だろ?」と兄貴。

「んだ、てめえ手出す気だったのか?」


 俺が再び飛び掛かろうとするのを深雪が羽交い絞めで止めた。まあ兄貴がそういう趣味じゃないことは何となく知っているが……。


「でも、それで家に連れ込んだら犯罪すれすれでは?」

「私が来たいって言ったんだもん」


 なんで?


「アイくんの家に合法的に入れるから」


 こいつも捕まえろ。年末で忙しいだろうが、警察さん仕事してくれ。深雪は黒髪を上下に揺らしてクスクス笑った。


「今日は外泊の許可を親から貰っているので。アイくんと同衾します」

「お前の親はアホなのか?」


「大事な話があるの」



 俺の両親も仕事から帰り、なぜか深雪と共に食卓を囲み(母が見栄張りなので少し豪華なラインナップだった)、寝る支度をして自室に戻った。


 そして、当然のごとく深雪がベッドに座っていた。俺が男で、お前らが女だから許されているが、本来ならば許されざる行為だからな。俺はげんなりして勉強机の椅子に座った。


「そんなにダメかしら?」

「ダメだろ。俺が美月の家に押し入って、ベッドの上でニコニコ座っていたらどうなる?」


「住居侵入、強制性交未遂、実刑」

「ですよね!」


 パジャマに着替えた深雪は口元を押さえて笑った。


「で、大事な話ってなんだ」

「あ、ちゃんと訊いてくれるんだ。何も訊かずに押し倒されるかと思った」


 窓から放り投げるか、大事な話を聞くか迷ったんだがね。二階の窓から投げたら殺人未遂らしいじゃん。深雪は人差し指を立てる。


「あまり大きな声では言えないんだけど」

「なんだ」


「私は、将来スバルさんと結婚することに決めた」

「……馬鹿か?」


 深雪はあくまで真剣な表情で首を振る。え、なに本気みたいな空気出してるの?


「ガチで狙っているのよ。スバルさんって賢いし、将来安泰だし、優しいし、アイくんよりわかりやすくイケメンだし、年上で頼れるし、非の打ち所がない」


 あなたは何をおっしゃっているんですか?


「本来はアイくんと結婚したいんだけど、たぶんそれは無理よね。それから賢明な私は考えを巡らせたわけ。私の願望ってアイくんと永久に一緒にいることなの。アイくんの家族になりたくて、アイくんの遺伝子が喉から手が出るほど欲しくて、アイくんみたいな顔の人が好きで、アイくんの苗字に変えたくて、アイくんから大事にされたい。すると、アイくんと結婚できない以上、最善策はアイくんのお兄さんと結婚するってことでしょ」


 でしょ、じゃねえんだわ。兄貴も俺も可哀想だろ。


「スバルさんは押せば籍を入れられそうなのよね。それにさ、将来の生活のことを考えたら、お兄さんの方が収入が安定してそうだし、アイくんと一緒になって将来に博打をするくらいなら、義理の兄妹くらいの関係の方が幸福かもなって」


 兄貴の人生は幸福確定で、俺の人生は博打ですか? ずいぶんな言われようだ。


「よって、私の夢はスバルさんと結婚することに決まったの。どう?」


 それは考えうる限り最悪の結末だと言っていい。


「スバルさんとの関係、ちゃんと応援してよね。お義兄にぃちゃん?」

「…………」


 なんか、胃が痛くなってきたな。

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