三十四.月の都の人(10)
俺たちは更衣室で着替えを済ませて出口で待ち合わせた。チビのお守も疲れるな。ルリは俺の二倍の時間を掛けて出て来た。サンダルのパタンパタンという足音が聞こえた。
「お待たせしました! 服を着ようか迷ったんですが、着て来ました」
迷うな。ルリは打って変わってニコニコだ。
「ルリの水着とお姉ちゃんの水着、どっちが見たかったですか?」
迷うな……。ユリのダイナマイトも見てみたい。
「ところでこれからフラグを回収しに行きます。また時間移動です♡」
「あれか。8月末だな? 俺とミヨの中身を戻しに行く」
「そう。シュータくんは相変わらずやることが無いけど付いて来てね」
やることないのね。
「でも、いい息抜きになったでしょ?」
「そうだな」
「いつでもルリはヌイてあげますよ」
ふうんありがとう。ルリは手でメガホンを作った。
「おーい、伊部くん。聞こえてる? 次の時間移動です」
死んだわけじゃないんだから空に向かって叫ぶな。青々とした空には、もくもくと入道雲が立ち昇っていた。お盆を思い出す気候だ。本当に死んだようだな。俺が手を合わせ始めると、
「あ、来ましたワ」
「来たな」
ぐらりと視界が揺れた。何となく悪意を感じるタイミングだ。
その後、8月の末まで飛び、俺とミヨの中身を再び入れ替えさせて仕事を終えた。俺がミヨの両親とレストランに行った、あのヒヤヒヤした思い出したくもない日だ。ルリは無事に仕事を終えた。これで時間修正も一通り完結したのかな。
そして酷暑を逃避して、年がら年中快適な気候の未来へと移動した。
アジトがあるコロニーで、伊部に報告に行こうと思ったんだが、家にいないらしい。ルリに連れられて浜辺を歩いた。
ロサンゼルスのような穏やかなロングビーチが続き、イカ娘がいそうな海小屋を通り過ぎると、バーベキュー場があって、そこに伊部とユリがいた。
二人は暢気に肉を焼いて過ごしていたようだ。伊部がグリルの前でトングを動かし、ユリはグラサンにビキニというインスタグラマー的な姿でビーチチェアに寝そべり、優雅に酒を飲んでいた。
俺は何とも言えない気持ちで二人の所へ立ち寄った。
「おーい、伊部にぃ、ユリねぇ!」
ルリが呼ぶと、二人が振り向いた。一瞬だけ喜んだような反応を示したが、互いのことを確認して素に戻ったように見えた。ルリはこちらを見てこっそり言う。
「昔の呼び方をすると、伊部くんもお姉ちゃんも笑顔になるのです」
なるほどそれで。俺とルリは、その場にあったキャンプチェアに座らせてもらい、分厚いビーフをいただいた。あら塩を振ってシンプルに食べる。うまいな。肉は未来でもうまい。
「シュータくん、野菜も食べますか? それともルリを美味しくいただきますか?」
「ああ、じゃあルリを骨の髄まで吸い尽くそうかな」
「え……。『やだぁ、えっち』と言いたいところでしたが、流石に発言がキモすぎて咄嗟に反応できませんでした」
「ふざけんな」
「お前ら、そんな話じゃなくてよ」
伊部がユリに肉と野菜の載った皿を手渡しながらツッコむ。報告のことだな。ルリの操作を見る限りでは、記憶の置換は成功したんじゃないだろうか。俺は専門的なことはわからないが、失敗したようには見えなかった。
ルリは頬張った肉を飲み込んで喋る。
「ルリから見ても、伊部くんの指示通りに指定した範囲の記憶を移動することができたと思います。これなら、お姉ちゃんとクララさんは分離できるんじゃないですか?」
伊部はビールを片手に「うーん」と唸った。
「細かい数値は見ないといけないが、一、二カ月あれば綺麗に分離できるな」
「それで元通りになるのか?」
「コンピューター上では、クララさんの独立した人格ができるな。体を再構成するには、シルヴァさんが持つDNAデータを参照しないといけないが」
伊部は俺の皿に熱々の肉を分けてくれる。結局、美月のお父さんの協力が無ければ、クララさんは元通りになれないんだな。
「でも、アタシは元通りになれるから。そしたらここを出ていくわ」
ユリが青天井に向かって言った。ところでお前は何をしているんだ? ずっと寝そべって食って、それ以外何もしていないが。日光浴? 伊部が溜息を吐いた。
「こいつは食う専門だからな。料理も嫌い、片付けも嫌い、掃除・洗濯何もしたくない。自分のやりたいことだけやる。でもなぜか周りが勝手にやってくれる。根っからのお嬢様気質ってわけ」
それで伊部が肉を焼いてお世話しているのね。なんでお前がユリで満足できないのか、何となく察せた気がする。




