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みらいひめ  作者: 日野
終章/帝篇
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三十四.月の都の人(5)

「シュータ。こっち」


 受験生になると、月日が流れるのは矢の如しだ。勉強をするとなると一日のスケジュールは、必然的にルーチンワークになる。授業の内容も単調な演習の繰り返しになる。学校行事も無いし、特別なイレギュラーも起こらない。


 ただ真っ直ぐに時間が進んで、とうとう師走になってしまった。高校生活も残り三カ月も無い。


 吐く息が白くなる今日は、終業式だった。しかもクリスマスイブというやつだ。去年は演劇部の劇を観に行った。美月とデートをした。


 でも今年は午前授業が終わると、皆は真っすぐ家に帰った。俺はちょっと違って、ミヨの家に行ったのだった。


 なぜか。ミヨの家のクリスマス晩餐会に呼ばれたのだ。ミヨだけじゃない。家にはミヨパパとミヨママ。そして豪勢な七面鳥とホールケーキ……。


 ケンタッキー・フライド・チキンが並んだだけでも大喜びの相田周太郎は、丸鶏を見て絶句したね。オーブンで半日焼くんだと。フ、規模が違いすぎる。


 そうして俺は、ミヨ一家と気の休まらない食事会をして、もう帰宅というわけだ。流石に「あとは若いお二人でごゆっくり~」と寝室を明け渡されることはなかった。今は神聖な学徒だからな。ミヨが庭先まで送るとわざわざ出張ってきた。


「ちゃんと帰れる? 真っ暗よ。風強いし真っ暗よ」


 ミヨの家は、玄関から門まで電灯が無くて真っ暗だ。だから懐中電灯で足元を照らしてくれたのだ。


「子供じゃないんだ。帰れるに決まってるだろ」

「今日のシュータ、おもしろかったぁ~」


 変な芸をやらされたことだろうな。ミヨ家の人間は俺をおもちゃか何かだと勘違いしているんじゃないだろうか。ただでさえ気を遣うのに、メンタル崩壊寸前だ。まあ笑ってくれたから救われるというか、温かく迎え入れてくれるのは嬉しい。


「シュータ、あんだけご馳走してあげたんだから、ちゃんと志望校合格するのよ」


 ミヨが門に上半身を預けて笑った。俺はマフラーに口元をうずめて「そうだな」と言う。


「シュータが落ちたら、私が一番笑ってあげるわ」

「そうだよな。全落ちしたら、いっそ笑ってくれよ」


「卒業式で名指しで笑い者にするわね!」


 俺もミヨも順調にいけば2月で受験が終わる。よほど失敗しなければ引っ越すことになる。高校時代を過ごして、美月と出逢ったこの町も去ることになる。失敗して予備校と家を行ったり来たりは考えたくもない。


「卒業式終わったら、お花見会だからね。進路決まってないやつは参加権なしよ」


「むごいな。冨田は欠席だなw」


「ふふっ。案外深雪ちゃんが来なかったりして」


「喜んでないか?」


 ミヨは「別にぃ」と舌を出す。だが、俺はそのときに美月のことを思い出した。美月もまた、来年の花見に呼ぶのだとミヨが言っていたのを思い出したのだ。もしお花見に美月が来られなかったら、俺は本当に心の底から笑えるだろうか。


「シュータ?」


 ミヨが気に掛けるように首を傾げた。髪を押さえながら。


「いや、何でもないんだ」


「何を考えてるんだか知らないけどね、大学生になったら浮気は即・死だと思いなさい」


「物騒だな。浮き輪が何だって?」


「う・わ・き! のらりくらりと……」


 別に俺は浮気を追及されるような立場にいないつもりだったけどな。冬だが冷や汗が出る。


「じゃあな。こんなに立ち話してたら風邪引くぞ。風呂入って寝ろ。メリクリ」

「メリクリ。早く寝ないとサンタさん来ないわよ」


 余計なお世話だ。サンタなんて小四から来なかったわ。知らねえじじいのプレゼントなんて要らねえって強がったら、翌年から兄貴には来たのに俺には来なくなった。


 ミヨに手を振る。帰りたくないんだよな。なぜなら憎き仇敵――兄貴が帰って来ているのだ。相田昴すばる


 もちろんミヨには言わなかった。言ったら、一目会いたいと出しゃばっただろうから。絶対に会わせたくない。


 ミヨの家を見てから自分の家を見ると犬小屋かと思う。犬小屋サイズではないが、犬小屋を拡大したみたいだ。無言で玄関を通り、リビングへ行く。


「よう」


 案の定、兄貴がソファーに腰掛けていた。そして俺の苦手なニヤニヤ顔。脚を組んで、スティーブ・ジョブズみたいな服を着ている。家では眼鏡をかけている。


「何の用だ」

「別に周太郎に用は無いよ。実家だから帰って来ただけだ」


 ふん、そうかよ。じゃあ声掛けるな。お互いに空気だと思おうぜ。俺はマフラーとコートを脱ぎ、テーブルに荷物を開ける。ミヨの家からお土産を貰ったから冷蔵庫に入れておこうと思ったのだ。兄貴はその様子をスマホ片手に見ている。


「周太郎、女の子の家に行って来たの?」


「どーでもいいだろ。俺がモテるのがそんなにおかしいか」


「いいや。周太郎はいいやつだろ? だから不思議じゃない。周太郎は一人一人との付き合いを大事にするタイプだから、何人かの女の子に深く愛されるタイプだ」


 嫌味かよ。確かに、何人かの女の子に執着されている。


「じゃあ兄貴は、特定の女とうっすい関係を築いてすぐ捨てられると」

「よくわかったな」


 何が面白い。俺は冷蔵庫の戸を閉めると、脱いだ上着を持って兄貴を見る。


「今度から帰って来るときは言えよな」


「なんで? 寂しかった?」意外そうな顔をされる。


「俺も進学したら家を出るからな。帰省する日が被ったら最悪だろ」


 兄貴は「可愛くねえな」と笑う。馬が合わないんだから仕方ないだろ。こうして数年に一回、不本意に出くわすくらいがちょうどいいんだ。

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