三十四.月の都の人(4)
「シュータが、突然元気なくなって、励ましたいけどできなくて、酷いことも言っちゃって、どうしたらいいのかわかんなくなったの」
「……」
俺が決めてきたルールは一つだけだ。美月のことを口にしないこと。俺とミヨの問題だ。二人の問題に美月の話題を出したら、不誠実に想われるかもしれない。
だから美月のことは絶対に俺から口にしない。
「俺はミヨ以上につまらないことが嫌いなんだよ。これからの人生、奇想天外で予測不可能な生き方をしたいんだ。ミヨとならそれができると信じている。つーことでさ、こんなくだらない掃除はさっさと終了して、一緒に帰ろうぜ」
俺はミヨから箒を取り上げて、同じような竹箒が並んで差さっている用具入れに戻した。ミヨは至近距離から俺を驚いたように見上げる。
「何すんのよ!」
「一緒に帰ろうって言っているんだ。一カ月もミヨと一緒に帰れなかったから寂しいんだ」
ミヨは「何恥ずかしいこと言ってるの」と怒った。怒っているくらいがちょうどいい。
「嘘よ。絶対に別の女の子と帰ってるもん!」
図星……。そういうところなんだよな。俺って。
「ミヨは嫌なんだな? 俺と帰るのが」
「嫌よ!」
本当に嫌なのかよ! ミヨが動揺しているのが伝わる。あと一押し。
「へーそうか。じゃあいいんだな。せっかく買って来たのに」
俺が背を向けると、ミヨが気になる素振りでわずかに振り向いた。リュックを前に抱えてチャックを開けていると、背伸びして覗こうとしてきた。俺はわざと見せない。
「な、何よ。何か買って来たの? 気遣って」
「え、そんなんじゃない。一人で食べる用だ」
「もしかして、食べ物で釣ろうとしてるの? やめてよ。恥ずかしいから」
そうは言いつつ気になるようだ。俺はリュックを抱えてミヨから遠ざかる。
「は? 何よシュータのバカ。そんなんで気を引こうとしても、無駄なのよ。お金の無駄遣いなんだから。もったいない」
「だから別にお前に分けなくてもいい。俺一人で食べる」
「な、なに買って来たの?」
「お前は俺と一緒にいるのが嫌なんだろ? 気まずくてどうしたらいいかわかんなくて、一緒にいたくないんだろ。だからミヨにもやらない」
ミヨは顔を赤くしてプルプルしている。単純だよな、こんな挑発で怒るなんて。きっと自分でも、何で私はこんな単純なのよと腹を立てているに違いない。
「見せてよ。別に取らないから」
「やだ。見せる意味がない」
「減るもんじゃないのに! それにもし高いものだったら申し訳ないし……」
腕を掴まれた。ちょろいな。ここまでせがまれたら見せてやらない義理は無い。
「なにドヤ顔してんの」
「してたか? そんな良いもんじゃないよ。これ」
「焼き芋?」
「そ」
ミヨの表情がみるみる緩んだ。俺の方をちらっと見て「くれないの?」ともの欲しそうにしている。ぐ、駄目だ。可愛い。いいなー、欲しいなーという目で見ないでくれ。俺は女の子に甘えられるのが弱点なんだ。
「食べたいなら、そう言えよ。二つに分けられるし」
「まだ今秋一度も焼き芋を食べてないのよね……」
ミヨは食べ物で釣られるのはどうかと思ったのだろう。少し躊躇していた。
「俺も意地張って悪かったからさ、行こう。掃除より焼き芋だろ?」
「シュータより芋よね♪」
かくして佐奈子の作戦は大成功だった(?)。ミヨが教室まで荷物を取りに行って、二人並んで学校を出た。黒髪をなびかせてキビキビ歩く姿を見ると安心する。
「ちょっと、シュータ。早くお芋出して」
「おい、もうちょっと言い方ないのか? おいも、うちょっと……。おいも」
「早く!」
袋から取り出して、真ん中で二つに分ける。ほくほくした黄色の断面から、湯気が立ち昇る。ミヨが「こっちが大きい」と言うので紙袋に包んだまま渡した。俺は素手でかじる。
「うめえ」
「美味しいわね。もう秋なのね」
焼き芋を分け合って食べ歩く高校生というのは珍しいかもしれない。男女で下校するカップルよりは珍しいはずだ。どう見られているのだろうか。ま、いいや。
「ソルトが欲しいわ」
「マヨネーズ欲しい」
何気なく言ったつもりが、ミヨが目を光らせる。
「マヨネーズは無いわ! 絶対ない! 聞いたことない」
「でもジャガイモにマヨネーズかけるじゃん。バターとかも」
「ジャガイモはね。サツマイモはナイわ。元々甘いもん」
「そうなのかな」
「ってかジャガイモのジャガって何? ジャガー?」
俺に訊くな。自分でもよくわからないが、ミヨと話していると自然と笑ってしまうんだよな。
「ミヨは学校大丈夫だったか? 楽しいか?」
「んー、最近は勉強ばかりでつまんない。去年みたいにシュータたちと遊んでいたかったわ」
それは俺も同じだよ。ミヨは思ったより平気そうで良かった。
「シュータ。約束だかんね」
「何が?」
「私って寂しがり屋じゃない?」
そうだな。人類で一番の寂しがり屋だな。
「私より先に死んだら許さないわよ。そのときは殺すわよ」
「殺されるのは嫌だからな。先に死なないようにする」
ミヨはそれだけ聞くと、満足そうに焼き芋にかぶりついた。あとで佐奈子に訊いたら、「焼き芋が嫌いな女の子はいないの」ということらしい。そうかもしれない。ダイエット中じゃなければ。
ともかくこれで、この時間軸の未来を占う、世界の中心のお姫様を手なづけることができたわけだ。俺にも普通の人生とはどういうものか想像できるようになってきた気がする。




