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みらいひめ  作者: 日野
終章/帝篇
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三十四.月の都の人(2)

「いやあ、カッコいいんじゃないですか? 美月先輩はきっと惚れ直しますよ」


「もう忘れてるだろうな、俺のことなんて。美月は」


「そしたら私が目を覚まさせます。でも大丈夫ですよ」

「そうか?」


「女の子は、優しくしてくれた男の子の顔と名前だけは必ず忘れません」


 だといいんだけどな。酒木はケラケラと高い声で笑った。「だって、覚えておけば得だもん」と。昇降口にたどり着く。


「じゃ、また。次は挨拶する」

「いや、それはどっちでもいいんですけど、その」


 ん? 酒木がまだ何かを言おうとしていた。


「私が竹本先輩と最初に会ったとき、相田先輩も一緒にいましたよね。そのときの私たちの自己紹介を覚えてますか?」


「残念だが、覚えてないな。というか別のことを考えていた。聞いてない」


 酒木は「やっぱりか」と言う。体育祭のときだよな。美月と酒木が話していたのは眺めていたけど、内容まで聞いていなかった。酒木は一歩近寄って言う。


「学年、組、氏名なんかを言い合ってからです。私は先輩に、『相田先輩が好きなんですか?』と馬鹿なふりをして直球で訊いたわけです」


 やめてやれ。


「そしたら『いえいえ、恐れ多いです』みたいに誤魔化されたんです。だから『この世で一番好きなのは何ですか』と訊いたら迷わず『ウニに他なりません』というわけです。ウニっていうのは、海鮮であって男の名前ではないですよね」


 だろうな。あえて言うなら、ウニは自分の名前ルーニーだろうな。


「『ウニより好きなものはないんですね』と言ったら、ううんと悩んでこう耳打ちでこう言うわけです。『物でなくてもいいなら、シュータさんとハグしているとき、ですかね?』と」


 なに⁉ 危うく大声を出しそうになった。


「まだです、続きがあって。『ウニの上位置換がハグ、ですか?』と言ったら、『ええ、ハグには思い入れがあるのです。数年前ですが、私はある事情で母と別れることになってしまって。当時は人目をはばからず大泣きしてしまったんです。そのとき、正面からぎゅっとハグをしてもらって、私は落ち着くことができたんです』と言うわけですね」


 そのハグをしたのが俺だって?


「いいえ。そのハグをしたのはお父さんらしいです。『記憶にある限りでは初めて、父からハグをされた。その安心感は今でも忘れません。シュータさんとのハグはお父さんと同じくらい安心感を与えてくれるのです』って言うんです。そんなハグを男子高生ができるのかって思いましたよ。どんなハグなんですか?」


 それが訊きたいのか? 純粋に好きな人を抱き締めるハグだが。


「純粋にって……。それって実質セッ〈ピー〉じゃないですか!」


「違うが」


「まあ、そっか。当時の美月先輩としては、それくらいの打ち明け話をしたんだから、お前も情報を話せと言いたかったんでしょうね。ちなみに、ウニの下位置換は、カレーと読書らしいです」


 神保町が似合うね。


「で、私は何を言いたかったんですか?」

「俺に訊くな」


「何かを教えてもらおうと思ってたんですが」

「ハグの仕方? いつでも教えるが」


「事案です」

「……」


「そうだ、スマホを家に忘れて来たんです。今週の食堂のメニューって写真で撮ってあります? 知りたくって」

「俺に訊くな。ずっとお前はうっすら失礼だぞ」


 酒木は「すみません」と笑った。まあいいよ。美月の思い出話を聞くのは楽しいんだ。


「私、憧れていたのかもですね。竹本先輩は、まっすぐに先輩のこと好きだったから」

「美月は嘘を吐くのが苦手なんだ。そこが彼女のいいところだ。お前も素直に生きろよ」


「忠告痛み入ります」



 放課後、メッセージで食堂に呼び出された。放課後の食堂は営業時間外なので、当然人はいない。電気も点いていない陰った室内に、佐奈子が一人でいた。佐奈子はリュックを置いて俺が来るのを待っていたようだった。


「遅いよ」


「結構早く来たつもりだったんだが」

「作戦の最終日なんだから、気合入れて走って来なくちゃ駄目じゃん」


「はいはい。佐奈子が正しいね」


 俺は入り口のテーブルに腰掛ける。誰もいない食堂というのは静かで新鮮だな。


「みよりんは今、体育館前の掃き掃除をしています。一人でね」


 仕事を押し付けられてしまったらしいな。俺も聞いているよ。


「これから相田くんは一人でみよりんに会いに行くんだ。そして掃除を手伝う」


「それから?」

「それだけだよ」


 俺は「ん?」と疑問符を浮かべた。作戦と言えるほどのものはないじゃないか。なら焼きイモを買わせたのは何のためだったんだよ。佐奈子は相変わらず何を考えているかわからない微笑を湛えている。

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