三十三.御狩の行幸(11)
特別棟の三階に上がる。階段を上りきった先の廊下に、ヘッドフォンをした佐奈子が座り込んでいた。汗もかいていて辛そうだ。そんなに消耗するもんなんだな。無事、磯上に呪いをかけて助けてくれたようだ。
「あれ、佐奈子さんですか?」美月が心配そうに尋ねた。
「ああ。俺の時間軸の佐奈子」
俺の声が聞こえると、佐奈子は乱れた髪をかき上げてこちらを見た。
「平気か、佐奈子」
「……」
佐奈子は無言で立ち上がると、こちらへゆっくり、一歩ずつ、てくてく歩いて来た。良かった無事で。佐奈子の手にはカイロが握られていたが、小刻みに震えていた。
「……」
「は、はぁ⁉」
佐奈子は止まることなく、一定の速度で俺の胸へぶつかり、抱きついた。腕を背中に回し、手のひらで俺の背中を押さえ付ける。
「待って、離れろよ。何してんだ?」
「呪い切れた。魔力供給して」
何言ってんだこいつ! 佐奈子は無言で俺から離れない。美月の目の前だぞ。隣にいる美月は抱き合う俺たちを見て、青ざめてあたふたしている。
「は、離れてくださいってば! シュータさん困ってます」
「……」
「佐奈子さん!」
「ごめん、貧血」
佐奈子がよろめいたので、俺は肩を貸して支えた。そのまま介抱して生物室の椅子をくっ付けて、寝かせてやる。大丈夫かよ、こいつ。
「うん、ちょっと寝れば治るよ」
「それならいいんだが」
「もっと回復が早まるんだけどね。……一緒に寝てくれたら」
「冗談でもそういうこと言わないの!」
「はい♡」
佐奈子は目を閉じてしまった。疲れる……。あれ、せっかく久々に会えた美月さんから、外気よりも冷たい視線を浴びているのですが。ほっぺまで膨らませてしまった(眼福)。
「えっと、俺はまだやることがある。だからここを離れる。危険はないと思うが、くれぐれもこの場を離れるなよ」
「シュータさん?」
「大丈夫、美月。必ず戻る」
俺は美月の頭を三回撫でた。美月は俺に触られた頭を撫でて、「いつもと違う」と赤くなっている。俺、そんなに頼もしくなったかな。
生物室を飛び出した。目指すは倉庫。ミヨがいる場所だ。そして走りながらスマホを取り出して電話を掛ける。相手はノエルだ。ノエルは事情が無い限り、必ず2コールの内に電話に出る。できた後輩なのだ。
『えっと、何すか? 先輩』
「ノエル? 今から変なこと言うぞ。でも受け入れろ」
『は、はあ。ドッキリでないと信じます。例えば、バレンタインだから女――』
「そんなんじゃない! 御託を並べるな。悪い癖だぞ」
『な、なんすか。本当に』
「俺は未来から来た俺だ」
『え?』
「お前、生物室に向かっているだろ。引き返せ。今から二学年の教室に向かって、敵を屠って欲しい。相手は未来から来た刺客だ。油断するなよ。緊急事態だ」
『エマージェンシーですね?』
「どうでもいいから、早く行け。一刻も早く」
『いっこく堂』
「うるせえな、超特急ノエルで向かえよ」
『え、何ですか? 聞こえない』
切ってやった。あのやろ、先輩をおちょくりやがって。てか、話すのが久し振りで緊張した。ノエルもまた最近疎遠になってしまった一人だ。寂しいとかはあまり無いが。
ミヨが監禁されているのは、記憶によると部室棟の階段下の倉庫だ。そんなところがあったのか、はて――といった感じだが、場所は何となくわかる。
部室棟まで行って、階段の脇を抜ける。暗くてじめったい場所だ。扉が一つだけついていた。なんか、ぼっちちゃんが昼飯を食っていそうな場所だな。
俺は意を決して金属のドアノブを掴んだ。冷たいノブを握り締め、回し、扉を開ける。トラップが仕掛けられていることは無いよな? 慎重に中に入ると埃っぽい匂いがした。
「え、誰?」
声が聞こえる。流石に猿ぐつわをされているわけではないらしい。暗くて中はよく見えない。スマホのライトを点灯させて、内部を確認する。使われなくなった机や椅子なんかが積まれた四畳ほどの空間の奥――何かの柱にミヨが縄で括りつけられていた。
「助けに来たよ、ミヨ」
「シュータ……」
安堵したような溜息が耳まで届いた。俺はスマホをかざしたまま、奥まで歩いて行く。ミヨは悄然として俺を見上げた。半日も真っ暗な場所に閉じ込められたんじゃ、気が滅入るよな。




