三十三.御狩の行幸(10)
正門に回り込むと、星陽高校の制服を着た生徒が続々と門から出て来ていた。
「ん?」
門から出て来ている、だと? なぜそんなことになっているんでしょうね。
「相田くん」
佐奈子が腕時計を見せる。スポーティブランドの小さめなデジタルウォッチ。いい時計持ってるね、佐奈子さん。
「そっちじゃなくて時間」
「やばくね?」
「やばいっしょ」
なぜか時刻は「16時47分」を指していた。7時じゃなくて、17時に飛んでるじゃねえか。あのゴミ眼鏡! 伊部はこういうところで詰めが甘いんだよな!
「いいか、佐奈子。急いで特別棟の三階に行け。そこで、この時間軸の俺を助けて欲しい。俺は教室で美月を確保しに向かう」
「うん。心得たよ」
「この時代の俺には、一階の渡り廊下を使って本棟に向かうよう言いつけてくれればいい。とりあえず、それだけ。あとは迎えに行く」
「わかり得たよ」
頼んだぞ。俺は制服を着ているので、怪しまれず校内に侵入できる。そのまま駆けて、正門を突っ切っていく。佐奈子は私服で、どうやるのかわからないけど、まあ上手く侵入するだろう。佐奈子のことだし。
俺は、まず美月を保護しないといけない。佐奈子に追い払われた磯上は、確実に美月を攫って逃げようとする。そこで俺が先手を打つのだ。でも、時間的に失敗か? そもそも失敗したらやり直せるのであろうか? ちゃんと説明を聞いてこなかったな。
上履きは無いので、昇降口から靴下のまま階段を駆け上がっていく。え、でもちょっと待て。俺は今から、美月に会うのか? 一カ月ぶりに、美月に。会いたくても会えなかった、美月に会うのか……。
二年生の教室がある四階に着くと、俺は急に足取りが重くなった。バレンタインデーで浮かれた教室。その間を緊張を押し殺して進んでいく。どんな顔して会えばいい。二度と会えないかもしれない人にこれから会うのだ。
深呼吸して、二年四組の教室を覗く。美月は目立つから、見ればすぐわかるはずなのだ。教室の奥へと視線を移していく。すると、一番奥の窓際でカーテンを束ねる女子と真っ直ぐ目が合う。青く澄んだ両対の瞳。夕陽を反射する金紗の髪。竹本美月だ。思わず見とれ、こ言葉を失ってしまった。
「あ」
美月は手を振り、一目散に俺の所へ来た。マフラーに埋もれた口元からは笑顔がこぼれている。俺なんかに目を輝かせて寄りつく姿。変わらない美月そのままだ。
「シュータさん」
名前を呼ばれるだけで、涙が出そうになる。バシッと気を引き締めて、なるべく微笑みながら美月に向き合う。
「美月!」
「は、はい。何ですか? 先ほど、みよりんさんと出て行かれましたけど」
この時間軸の俺は、偽物のミヨに連れて行かれたんだった。美月は俺を見上げている。
「なんというか、時間も無いし、あまり理由は訊かずに付いて来てくれ」
「え? どうされたのですか」
「とりあえず、生物室へ直行だ」
俺は美月の右手を握る。美月は「ひゃあ」と手を握られたことに驚いた。この頃の俺は、まだ告白もしてない優柔不断な頃の俺か。ま、仕方ないよな。急げっ。
「何が起きているんですか? こんな急いで。恥ずかしいですよ」
「緊急事態。いつもの事件だ」
「シュータさん速い! む、むりですよ。走れない」
俺たちは一気に下の階まで下りる。息を切らした美月。そういえば、昨日はマラソン大会だったから筋肉痛なのかな?
「ご、ごめん。痛い?」
「シュータさん。マラソンは悪い文明です。未来では滅びます。滅ぼします」
「やめてやれ」
思わず笑ってしまった。美月は子供のようにぶつくさ言っている。一階の渡り廊下まで来た。すると、特別棟の方から、冴えないツラをした男子生徒が走って来た。よほど慌てているようだな。過去の俺だ。
「は、お前。俺か?」
いきなり不躾な言葉をぶつけられる。この時間軸の俺だ。美月と俺の顔を見比べて、口をあんぐり開けている。こりゃ説明パートか。やれやれ。
「シュータ、さんが。シュータさんが二人います!」
美月まで大混乱している。どうせ、過去の俺は俺のことを磯上の変装だとでも思っているんだろうぜ。言ってやる。
「いや、あいにく俺は磯上じゃない。正真正銘の相田周太郎だ」
「嘘言うな。お前は偽物だろ」
「時間が無い。何と言ったらいいか、説明が面倒だ。簡単に言うなら、少し未来の時間軸から来た周太郎だ。佐奈子と二人でやって来た。俺はお前を助けたいし、この時間軸の美月を守りたい。お前に協力して、磯上から美月を逃がしている最中だ」
とりあえず、簡潔に説明を終える。あとは、一段落してから説明するからさ。
「だから、俺のくせに面倒だぜ。後で一切合切説明するっつってんだろ。とにかくこの時間軸のお前は、磯上を追い掛けて倒せ。磯上は四階をうろついてる。美月はこっちに任せろ」
その間、美月は体内コンピューターを必死に操作していた。
「確かに、解析の結果、私を教室から連れ出したシュータさんは他の時間軸由来です。特別棟にいた方が本物……」
美月は、この時間軸の俺の手を取ろうとする。そりゃこの美月は、俺の時間軸の美月とは別ものだからな。少しだけ寂しく感じた。
「わっかんねーけど、わかった。俺は未来の俺を信用したい」
過去の俺はそう言い切った。それでこそだ。
「美月、未来からやって来た俺は、俺じゃないけど俺だ」
「はあ、……は?」
「頼むから信じてやってくれ。美月の婚約者を名乗る気に食わないストーカー野郎を俺はひっ捕らえてぶちのめしたい。じゃあ、任せた!」
過去の俺は、そう言い残すと本棟へ走っていく。俺はその背中に親指を立てた。あいつに任せておけば大丈夫だよ、美月。
「な、何がなんだか……?」
「大丈夫、大丈夫だよ、美月。俺に任せておけば大丈夫」




