一.黄金ある竹を見つくる(5)
午後の授業で眠った。自己紹介の後はクラスの役員決めとかだったからだ。どうしても起きなきゃならないときは、隣の片瀬がぶん殴って起こしてくれるから問題ない(手加減できる子だったらもっと良かった)。学校は六限で終了し、さあ竹本と話そうかと俺は意気込んだ。だって、そうだろ? ここで確認しないで、いつ確認するんだ。
俺は竹本の席に近寄った。竹本は福岡と話していた。
「——でね、吹奏楽部は午後六時まで活動してるの。良かったら見学来てね」
福岡は竹本を吹奏楽部に勧誘しているみたいだ。竹本は均整の取れた美しい微笑みで頷いていた。楽器できるのかな? できなくても楽器だけ持たせておけば絵になるかもな。福岡は部活へと旅立った。よし、俺の番。
「あの、竹本さ——」
「竹本ちゃーん!」
俺の前に冨田が割り込んだ。くそ、お前マジで邪魔だ。冨田はスマホ画面を竹本に見せている。竹本は苦笑だ。
「竹本ちゃんって、二年六組の連絡用のチャットグループ入ってるっけ? もしまだなら俺と連絡先交換してよ。招待するからさ」
「へえ。そういうものがあるのですか……?」
竹本は素直に自分のスマホを取り出した。いやいや騙されちゃ駄目だ。冨田は竹本の連絡先を知りたいだけじゃないのか。
「おい、冨田。ちょっと待て」
そう言うと、冨田は「邪魔すんのか」とでも言いたげに振り返った。やめろ、と言おうとして、
「……俺も竹本さんと連絡先交換したい」
自分の欲望が勝ってしまった。スマホを取り出す。ロック画面は去年の誕生日に撮った、満月の写真だ。望遠鏡カメラで撮ったから、綺麗に月面が映っている。んで、どうして充電が六パーセントなんだ? これじゃ使えないじゃねーか。変なアプリでも入れたかな。
「相田さん、どうしたのですか?」と竹本。
「じゅ、充電が無いから、お二人で勝手にどうぞ」
冨田にまた笑われた。竹本を見ると——笑ってる。控えめにくすくすと。俺は思わず顔を背けた。なんか、うん。
冨田は楽しそうに竹本とスマホを見せっこしていた。腹立たしいね。俺はやけになってポケットにガッと突っ込もうとした。しかし、スマホは入り口に引っ掛かって床に落ちた。画面を下にして真っ逆さまだった。
「あ」
二人に目撃された。拾い上げると、ロック画面の満月には、『生々流転』の贋作みたいな滅茶苦茶な黒線が引かれている。もしかして液晶が割れたんじゃね。
「アッハハハ! マジで、お前今日ツイてないな」
冨田は腹を抱えて笑った。やれやれ。何だか変な日だな。すると竹本が心配そうに俺を見上げている。
「チャラ田さん。相田さんが落ち込んでいるではないですか」
そう言うと、俺に可愛らしく口角を上げて見せた。——瞬き。
「竹本ちゃんって、二年六組の連絡用のチャットグループ入ってるっけ? もしまだなら俺と連絡先交換してよ。招待するからさ」
また同じ感覚だ。冨田がスマホを持ち出した場面まで戻っている。どうやら竹本は本当にこの現象を知っているみたいだ。自分のスマホを取り出すと、液晶画面は無事。しかし充電は五パーセントしかない。まったく。
「おい、冨田。竹本さんを困らせちゃ——」
そうだ。せっかくやり直しの機会を得たわけだし、冨田を妨害してやろう。
「竹本さんはな、既にクラスメイトと連絡先を交換したらしい。だから、クラスのグループに招待しなくても平気みたいだぞ」
冨田は天パの髪を更にぐるぐるにし、恨めしげな表情を向けてきた。残念だったな。抜け駆けしようなんて考えないことだ。
「そういや俺、放課後は坂元ちゃんと約束があるんだった。ID交換はまた今度にしよう。じゃあな、二人とも!」
冨田は思い出したようにせっせと駆け出して行った。暇人ゆえに学校生活を謳歌してやがる。放課後はいつも校内で色々遊んでいるらしいな。
「さて、邪魔者が失せたし」
竹本に話し掛ける。本題はもちろん昼から感じる時間の異変だ。
「訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ。相田さんには、もしかしたら話さないといけないかもしれません。ですけど、場所を変えないと」
竹本は荷物を持って立ち上がった。大きくてパッチリした瞳が何かを話したくて堪らない、といった衝動を訴えていた。うーん。素性がわからぬ美人だけに嬉しいような、恐ろしいような。




