三十三.御狩の行幸(5)
「で、決行は一週間後とする。心して来るように。アイスも買ってくるように。パピコが特にいいだろう。集合場所と日時は追って伝える。じゃあな。大いに期待するぜ」
伊部がそれだけ言って、すくっとベッドから起き上がった。本当に用事を伝えただけかよ。
「プレッシャーだなぁ」
「縮みあがってんじゃないわよ。王子さま」
ユリが笑顔で俺の股間を蹴った。おいいいいい!
「あれ、軽く蹴っ飛ばしたのに」
「お前の軽くは、軽くないんだよ。ゴリラ」
伊部が睨みつける。
「とうとうゴリラだけになったわね。いいわよ、あんたのタマ潰して差し上げましょうか」
「や、やめろ! 生殖能力が失われてしまうっ」
伊部とユリは喧嘩しながら消えてしまった。何なんだよ、あいつら。やりたい放題でよ。つまるところ、相田周太郎の人生は騒がしさと無縁ではいられないようだ。こんな風にして俺の十八年の生涯は浪費されてしまうのだ。
「ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。ぎこぎこぎこぎこ」
何だ? 何事だ? 突如として脳に響くメス〇キボイスに俺は跳び上がった。見ると、部屋の扉が開け閉めを繰り返している。
「ほら開け、開け! クソ雑魚ドアなんて早く開放しちゃえ。ぶっ放せ! ざぁこ、ざぁこ」
ドン! と俺の家の古いドアが猛烈な勢いで開けられた。ドアの向こうには、やはりというか何というか、紫ツインテールのルリが満面の笑顔で立っていた。
「敗北確定シュータくん。こんにちは! クソ雑魚いドアですねえ」
「建てつけが悪くて、修繕費用も無い貧乏家庭で悪かったな」
ルリはまだニコニコを崩さない。
「あれぇ? なんで来たか訊かないんですかぁ?」
訊かないよ。だって手に持っているそれは何だ。ホールケーキにロウソクじゃないか。
俺が指摘すると、ルリは部屋の電気を消した。カーテンを閉めてあったので、一気に暗くなる。ロウソクの明かりの近く、ルリの笑顔だけが辛うじて目に入った。
「お誕生日おめでとうございまーす! シュータくん。ハッピーバースデートゥユー」
「誰も覚えてないのかと思った。ありがとう」
9月15日は、俺の誕生日だ。わあい、十八歳になった(成人年齢だ)。美月の誕生日とひと月違い。もう美月がいなくなって一カ月も経ったんだな。
「え、シュータくん感動してるんですか?」
黙ってしまった俺を見て、ルリが驚愕の表情を浮かべる。お前のサプライズに感動しているんじゃねえってば。美月のことを思い出しただけだ。去年は美月やミヨたちがお祝いしてくれたから、今年はずいぶん寂しい誕生日になった。
「だいじょーぶ? お〇ぱい揉む?」
触りたい気持ちがないわけではないが、触らない。ルリは「童貞捨てる?」と懲りずに訊いてくるので、俺はロウソクを吹き消して、真っ暗にしてやった。
「ちゅ」
うわっ。コイツ暗闇に紛れてまたキスしてきやがった。ルリはケラケラ笑いながら、部屋を明るくした。口元を押さえて倒れ込む俺。ルリが生意気に俺を見下ろす。
「気分も明るくいきましょー。ケーキ食べてね、童貞くん」
「お、お前も一緒に食うだろ?」
ってかさ、フォークだけじゃなくて包丁も持って来いよな。食べづらいだろ。
「二人しかいなくちゃ、切る必要も無いのでは?」
「それもそっか」
暗い顔をした俺を、ルリは心配そうに覗く。
「大丈夫ですよ。来年は一人分がこんなに小さくなるくらい、大勢でお祝いしてあげますから」
そう言うと、ルリはケーキにかじりついた。おい、フォーク使え。文明の利器。鼻にクリームを付けたルリは「てへぺろ」と笑った。
金曜日になった。佐奈子曰く、ミヨ攻略作戦の第一回が実行に移される。ここ二週間はミヨとの接触を極力淡白にしてきた。俺が意識してそうする必要もないくらい、ミヨはあからさまに落ち込んでいたのだが。
誕生日には、20時くらいに「ハッピーバースデー」の歌がメッセージのボイス機能で送られてきた。恐らく一日中送るかどうか悩んで、送ることにしたのだろう。
俺は、ボイスで面白いことを返信したいという欲望こそあれ、佐奈子の言いつけを守って「ありがとう」「嬉しかった」とだけ返信した。素っ気ない返しだ。それからミヨは返信してきていない。
俺は朝から焼きイモを調達しなければならなかった。佐奈子が必要だと言うからだ。しかし、朝から焼きイモを買える場所なんてほとんど無い。俺は前日にスーパーで焼きイモを仕入れ、冷蔵庫で冷やし、袋に入れて学校へ持って来た。一応食堂に電子レンジはあるんだが、温めた方がいいのかな。
佐奈子からは指示が飛んでくる。
>昼休みになったらだよ
昼の作戦まで焼きイモを持ってなくちゃいかんのか。
俺は授業中は別のことを考えた。日曜日に聞かされた、過去へ「戻って」磯上から技術を盗む作戦のことだ(俺はどんだけ色んな面倒で奇怪な作戦に加えられているのだろうね)。
ペン回しをして頭を動かす。
伊部はバレンタインの日に「戻って」、磯上を拘束すればいいという。思い出したけど、バレンタインといえば、ドッペルゲンガー事件が起こった日でもあった。
磯上を追って生物室を出ると、別の時間軸から来た佐奈子と俺に会った。そうだよ、佐奈子もいた。そして二人は俺たちを手助けし、美月を守り、ミヨを捜し出し、磯上を捕まえてくれた。俺が「β時間軸」と名付けた彼らは、もしかしなくてもこれからの俺自身のことではないだろうか。
未来の俺が、過去の俺を手助けするのは、いずれにせよやらなければいけないことだったのかもしれない。
すると、佐奈子にも協力を仰いだ方が良さそうだ。佐奈子がいて、あのときの未来の俺は成功したのだから、その過去をなぞるに越したことは無い。




