三十三.御狩の行幸(4)
俺はユリから最大限の距離を取って佇んだ。ユリは平然とお茶をすすっている。
「どうするんだ? 分離とは言うが、水と油じゃあるまいし簡単には分けられないんだろ?」
どうも美月の母親は、ユリの体内コンピューターに間借りしているという。
しかしその体内コンピューターというのも脳や神経と結合していて、引き剥がすのは時間が掛かるらしい。引き剥がしたところで、中身を選別しないといけないんじゃ大変そうだが。
ベッドの上で安全を確保している伊部が言う。
「そこで、最新技術を用いるのさ。記憶を取り出すという例の技術だ」
それって、あの父親が美月に使ったものだよな。美月の二年間の記憶だけ取り出して見せた。まだ実験段階なんだろ。使えるのか? ユリはパチンと指を鳴らす。
「使える。脳に含まれる特定の情報だけ取り出せるということは、アタシの中の異分子――クララさんの情報だけ選択して取り出せるってことなのよ」
理屈はわかったが、確か俺とミヨの入れ替わり事件のときに、伊部がそんな技術は実用されていないって言ってなかったか? 未知の技術を使って上手くいくのかよ。
「安心して、相田くん。記憶の分離は、身体拡張の研究の一環。クララさんがちょうど取り組んでいて、中途半端に終わっていた分野なの」
美月のお母さんが? お前の上司だったんだよな。
「ええ。シュータくんの超能力は、記憶力でしょ。あなたの〈記憶力〉という超能力は、全ての超能力のベースになっているのよ。オリジンとも言えるわ」
そ、そうなんすか。へえ。俺がまさかそんな大層な能力を授かっていたとは。いや、基礎中の基礎ということは、一番弱いってことなのか?
「身体拡張=超能力は、全身の記憶細胞に特殊な技術を覚え込ませることで可能となる。全身の筋力が強化されたり、体が透明になるのは、全身の記憶細胞がそうなるためのプロセスを覚え込まされているからなの。だから、クララさんは身体拡張を研究するために、まずは全身の記憶細胞の研究から始めた」
俺の細胞の一つ一つが、記憶力を強化されているんだ。ノエルなら、全身の記憶細胞が瞬間移動できるように習性をインストールされている。
「だから、記憶に関する研究が進んでいるのも必然ね。ルナのお父さんは、きっとクララさんの研究を引き継がせて、その技術を完成させたんだわ」
いや、その話はよくわかった。でも、伊部やユリに扱えるのか? 記憶を消すビームを撃たれた俺と美月だって、頭が痛かったぞ。あの技術、乱暴すぎるぜ。
「扱えるかどうかは、まず手に入れてからだな。俺も秀才とは呼ばれているが、ダビンチや源内のように万能ではない」
伊部は肩をすくめた。誰もお前が万能だとは思っていない。その技術はどこで買えるんだ。
「まさかショッピングモールに置いてあると思った? 盗むのよ、研究所から」
ユリが悪びれもせずに言った。盗むって、お前。人の物を盗ったら泥棒だぞ。
「また蹴られたいの?」
「遠慮しとく」
ユリが冷笑を浮かべた。想像しただけで背筋が凍る。
「で、でもよ。盗めるなら盗めばいいだろ。オンラインで」
「できりゃあな。でも研究所の内部のセキュリティは、普通のものとは比べものにならない。タイムマシンだけじゃなくて、他にも高エネルギーを凝縮できる技術みたいな危険な代物がわんさかある場所だから」
盗めないなら机上の空論じゃないか。
「物理的に盗むんだよ。研究所に出入りする人間のコンピューターを乗っ取ればいい」
「だが、今は厳重警備を敷かれているんだろ?」
伊部がニヤリとほくそ笑んだ。何度も見たことある悪の科学者のような表情。
「何つった? 『今は』? じゃあ過去に『戻る』だけだ」
ユリはカッコつける伊部を見て機嫌が悪そう。そうか、過去がある。
「確かよー、イソガミとかいうアホがバレンタインの頃に、ぬけぬけと無防備でこっちの時間軸を訪れていたなと思ってよ」
確かに、今年の2月なら記憶を取り出す技術も完成していてもおかしくない。それに磯上は機械に疎そうだから、体内コンピューターを操ってもすぐにはバレないかもな。
「つまり、作戦はこう。今年の2月14日の時間軸を作成して、シュータには『戻って』もらう。そこで磯上を拘束し、俺がコンピューターを乗っ取る。そして遠隔で記憶を取り出す技術を盗み、後日再現する。その技術をマスターすれば、合体したユリとクララさんを分解できるって寸法だ」
おう、まず問題が二つある。一つ、磯上を拘束するのは俺一人なのか?
「まあ、ルリをオマケで付けてもいいぞ」
心もとない……。二つ、ユリは正常に戻るかもしれん。だがクララさんは、本当にそれで元通りになるのか? 伊部は複雑な表情だ。
「記憶や性格はほぼ元通りになると思う。今だって〈良心〉モードのときは、普通にクララさんとして会話できる。肉体は、元の情報がないと再現できないけどさ」
AIホログラムのクララさんが再現できるんだ。美月にとっては朗報というか、問題が一個解決したと言っても良さそうだけど……。
「肉体の再現は、ルナのお父さんに任せるしかないようね。DNAなんかの情報は、あの人しか知らないだろうから」
ユリが言う。どちらにせよ、最終的には和解が必要となる。そのことも考えておかなければならないな。




