三十三.御狩の行幸(2)
「二週間は放置して。私が布石を打っておく」
「ミヨが連絡を取ってきたら? 話し掛けてくるかも」
「素っ気なく返せばいいよ。かと言って、あえて意地悪な言い方をする必要も無い。忙しいからまた今度、って雰囲気で切り上げるんだよ。これは演技が試されるね」
演劇部の元部長に言われると緊張するな。
「とりあえずわかった。二週間後はどうするんだ?」
「焼きイモを買うんだよ」
「焼きイモ?」
訳がわからない。それでミヨと仲直りできるというのだろうか。深遠な思考を持っていらっしゃる佐奈子は、満足そうに頷いた。カップを傾けて最後まで飲み干す。
「ごちそうさまでした」
「やっぱ俺が奢るのね」
「違うよ、私が払うから。バイト代がちょうど昨日入ったの」
佐奈子は俺の分まで払おうとしたので、俺は何とか引き留めて自分の分だけ払ってもらうことにした。俺の分は俺が払わないと顔が立たないからな。
「いいのに、本当に恩返ししたいと思っているんだから」
佐奈子は会計を終えると、そう言い残して店を出て行った。外はすっかり夜だ。21時は高校生には少し遅い時間だ。予備校にでも通っているならともかく、自習でこんな遅く帰ったら、家族に良い顔はされないだろうな。
「佐奈子、家どこだっけ」
「お泊りする?」
佐奈子は俺の背中に手を当てた。俺は丁重に断って、佐奈子を駅まで送り帰宅した。月は今日も見えない。
ミヨ放置作戦から一週間が経った休日、俺は勉強でもするかと自室に戻った。
「おっふ」
しかし部屋に入った途端、何ものか柔らかいものに押し返され、廊下に尻もちをつく。昼食で食べたチャーハンが吐き戻されそうだった。
何だろうと思って顔を上げると、そこにはユリが立っていた。ユリはいつものパンツスーツ姿だった。サングラスは今日も着けたまま。
「俺の部屋に勝手に入らないで欲しいんだが」
「それは謝るわ。でも、アタシに触れたこと謝ってよね」
「す、すみません。お前、美月のお母さんじゃなくてユリか?」
「ユリさん、な。いい加減敬語使え。クララさんには使ってたでしょ」
そんな年甲斐もなく口酸っぱい注意を加えるとは、お前もクララさんを見習ったらどうだ。
「年甲斐もなくって。アタシはあんたと五歳しか違わないのよ……?」
え、あ、そうでしたね。
「んで、お前は何をしに来たんだよ。まさか巨乳で俺を張り倒して、ダラダラして帰ったら容赦しねえぞ」
「アタシを何だと思ってるのよ! あんたやゴミ眼鏡と一緒にするな」
いきなり叱り飛ばされるなんてな。俺の部屋だってのに。俺は立って、ユリを部屋に押し戻した。今は家に誰もいないけど、あまり騒ぐな。
部屋に入ると、伊部がいる。そう言えば、話の続きをとか言っていたな。せっかく勉強する気が起きたのによ。
「相田くん、今日はこのゴミが前回の続きをパパッと話して、別件の任務を話すわ」
ニンム? 頭が痛いぜ。頭脳労働もほどほどにしないと、いくら記憶力が良くても劣化が早まるってもんだ。ユリは俺の戯言を無視して、扉の向こうに戻って行った。
「お手洗い、借りますから」
許可を取ろうという意欲が見えなかった。伊部も「とうとう『ゴミ』だけになったな」とへこんでいた。俺は伊部を見下ろして座る。やけに涼しい。エアコンの設定温度を勝手に下げるな。
「なんか、腹減ったぜ」
「言っておくが、飯は出さねえよ」
「ポテチとアイスは?」
「ん? 出さん」
伊部が我が家のように居座っているのを見て、俺は溜息を吐いた。美月に会いたい。あの美貌を見て、癒しを補給したい。でも、美月のことを思うと現状にぜいたくを言う気にはならんな。俺は勉強道具を片付けて、腰を落ち着けた。
「クララさんが消えた後、どうなったと思う」伊部がいきなり切り出した。続きね。
「美月のお父さん――なんていう名前なんだ?」
「シルヴァさん」
「芝? 司馬? シルヴァ直哉?」
「怒られろ」
美月のお父さんの名前は覚えた。
「そのお父さんが実験の中止を決定したんだろ。超能力者が原因だと思われる事件で、クララさんが消えた。超能力の危険性が判明したってことは、超能力なしで存在できないこの時間軸は欠陥品だ。実験を続けるメリットも無い」
伊部は「……」と俺を見て頷いた。
「なんだよ、わかってるじゃん。あの人はクララさんがいなくなった責任を背負いこんでいた。苦悩していた。実験の継続はできなかったんだ」
俺は直射日光が暑いので、カーテンを閉めた。代わりに電気を灯す。もう夏も終わりなんだけどな。九月も折り返してしまう。
「でも、俺とルナは反発したよ」
「当時の俺も反対したのか?」
「そうだ。クララさんを諦めて、時間軸を消滅させるなんて、お前らが認めるわけないだろ。俺も反対したけど、あの人は聞かなかった」
それだけ精神的にこたえていたのかもしれない。美月のお父さんは妻を失っているんだ。俺にとってみれば、美月を失ったのと同様で、今の俺と同じ。今の俺だって伊部やルリがいなければ塞ぎ込んでいたかもしれない。
「ユリとルリは、現実問題として諦めろと言う。でもルナは諦めないで交渉した。だから、シュータたちの時間軸は処分保留になる。シュータたち、全ての人間の記憶を上書きして、俺たち未来人が干渉した記録を全て消してしまった」
だから、誰も美月たちと会っていたことを思い出せなかったのだ。俺も含めて。
「そして、美月は一度帰らなければならなかったんだな」
「ああ。九月のちょうど今頃だったな。満月の夜に、ルナは帰ったんだ」




