三十二.仰せ言を背かば(10)
アリスの死は、二月で固定されている。なぜだったんですか。
「アリスさんは、実代さんの対となる存在になってしまったから。仮説ですけど……」
ミヨの対? 真逆の存在ということか。つまり、未来を立証するのではなく反証する。
「アリスさんは、実代さんが世界を存続させるために働かせた『プラス』の力を、『マイナス』方向に働かせるんです。行き過ぎた実力行使の、辻褄合わせの役割を担うようになってしまったの。実代さんに一番近い存在だから」
それって、世界の抑止力みたいなことか。摩擦力や斥力のような。ミヨが強引に世界を存続させるから、それを壊す力として働くように、正負の入れ違った存在としてミヨに立ち塞がったと。総じてプラマイゼロにするには、アリスが必要だった。
「初めはもちろん、有栖さんは実代さんと同じで普通の少女だったの。でも相田くんも見たでしょう? アリスさんに『悪意』が憑依するのを」
優しいアリスとは似ても似つかない豹変っぷりだった。あれはアリスに課せられた、抑止力としての役割だったのか。
「でも、アリスは殺されましたよ。秩序はどうなるんですか」
「人間の有栖さんが死んだって、秩序は別の依り代を探すだけよ。アリスさんが超能力で活躍していた時期は、ちょうど石島さんや坂元さんの事件が起きたときだったのよ」
俺が二年のときも確かにそうだった。超能力に関する事件のときだけ、アリスが絡んで活躍していた。記憶が上塗りされているけれど、あの場にアリスもいたことになっているんだった。
「つまり実代さん――〈主軸〉に対して、秩序が対抗するときに現れるのが、アリスさんに宿っていた抑止力なの」
秩序側が優位なときに加勢して、ミヨを滅ぼそうとする力というわけか。
今まで俺がピンチのときって、大体アリスが関わっているんだよな。文化祭で佐奈子に襲われたときや、深雪の裏切りで射撃されたときに、アリスは体内コンピューターを増強したらしい。クリスマスのときはアリスの夢ばかり見たし……。
俺のピンチ=ミヨのピンチでもあり、美月のピンチでもある。それは結局、この時間軸のピンチでもあるのだ。
――アリスはもはや〈アリス〉として、俺たちが未来を作ろうとするのを阻害する概念だったんだな。
「ですから、無垢な少女だった『倉持有栖』さんには申し訳なかった。なんとか『倉持有栖』さんから、その役割を引き剥がせないかと、わたしはそのとき考えたの」
それで出た言葉が、「別に未来はそうと決まったわけではないのよ」だったんですね。アリスから超能力を失くせば、秩序を守る抑止力としての役割は終わるかもしれない。だがアリスはその言葉を聞いて逆上した。
「ええ、わたしは不意討ちでやられてしまったのです」
誰も気付かなかったんだよな、その瞬間のことは。オペレーターはいなかったのか。っておい! 伊部、ルリ、いい加減起きろよ。
俺は二人を揺する。ダメそうなのでタンバリンをシャカシャカ鳴らしてみる。
「ぎゃはは! シュータくん、何ですそのダンス。キモすぎ、草すぎ、ウフフフフ」
ルリはやっと正気を取り戻し、伊部も「水……」と起き上がった。
「ルリたちも、美月のお母さんの消失には気付かなかった?」
「ええ。何せクララさんは――あ、お久しぶりです、ルリちゃんです☆」
「かわいい。ルリちゃん。すべすべしたい♡」
「ああ、やめてください。過剰なスキンシップ」
美月ママは緊張感に欠ける人だ。ルリよ、続き。ルリは撫でられながらげんなりして、
「クララさんは救難信号を出すことすらできなかったんです。ですから、ルリたちが気付くのは数時間後でした。オペレーターは、当時ユリお姉ちゃんのアバター(AI)が務めていましたが、それも障害電波を受けて破損していたのです」
それで異常に気付くのが遅れて、犯人がわからなくなったのか。お相手さんは用意周到だ。
「でもクララさん、どうしてユリの内部に残れたんです?」
伊部がようやく復帰した。伊部はがっつり美月の両親と実験で関わっていた間柄らしいからな。質問もしたくなるだろう。まして、元恋人のユリの中にいたのだ。
「どうして? わたしも奇跡だと思っているんだけどね。二年前のアリスさんの襲撃のとき、一縷の望みを懸けて体内データをオペレーター側に飛ばして内部に浸蝕させたの。もし、アバターのユリちゃんのデータが破損していたなら、きっとわたしのせいです。ユリちゃんのアバターの中に、わたしが入りこんじゃったかもしれない」
「あ、そういうことか。クララさんの情報が、オペレーターのAIユリに割り込んできて、ユリの情報が追い出されてクラッシュしたのか」
つまり、クララさんのオペレーターを務めていたユリが壊されていたのは、クララさんがやったことなのか。伊部は苦笑いだ。
「壊されたAIの中に残っていた情報は、あの後ユリが自分に取り込んだんですよ。そのときクララさんのデータも混じっていたから、こういうことになったんですね」
ユリのAIに、美月の母のデータが流し込まれた。それを本物のユリが取り込んでしまったから、ユリの内部に共存し始めたってことだな。そんな乱暴な話があり得ていいのか。




