一.黄金ある竹を見つくる(4)
そしたら俺はまたおぼんを持って歩いている。横を見ると竹本も同じくおぼんを持って、新品のカレーを運んでいるのだ。いつの間に片付けが終わって新しいカレーが出来たんだ?
「さ、相田さん。三人を捜さないといけません」
竹本は笑顔で言う。何も不思議が無いみたいに。
「ちょっと待って。竹本さんのカレーは? こぼしたんじゃないの?」
そう訊くと、竹本は愕然とした。常時穏やかだった表情が固まっている。
「そ、そうですかね?」
「俺の勘違いかな?」
「そうだと思いますよ。私のカレーは、ほら。この通り無事です」
竹本はカレーを見せた。カレー皿、スプーンも綺麗にそのまま載っている。どういうことだ? 俺の見間違えだろうか? いいや、あり得ない。さっきは確実に竹本がつまずいて皿を落としたのを見た。とうとう俺の頭がぶっ飛んじゃったのかな。
「おーい、こっちだぜ」
冨田たちが座るテーブルを見つけた。まあ食べようか。他の皆は弁当を三分の一食べている。俺はいつも通りのラーメンを嗜んだが、お向かいの竹本は目を見開いて驚いた。どうしたの? そっちも大して変わり映えないものだけど。
「美味しいですね。感動ものです。初めて食べました」
初めて? カレーが初めてというわけじゃないよな。
「初めてカレーを食べました」
雷が頭頂部に直撃した気分だ。そんなこと無かろう。俺なんて月に三回は食べるぞ。竹本はカレーを美味しそうに口に運ぶ。
「そう言えば、竹本ちゃん自身の話聞いてなかったね。教えて欲しいな」
冨田が話題を振った。片瀬や福岡も熱心に視線を向ける。俺も、まあ気になる。
「えーと、私のことなんか特に珍しくも何ともないですけど」
竹本は恥ずかしそうに謙遜した。何ともない子がこんなに可愛いわけがない。
「どこ出身なんだっけ? 帰国子女なんだよね」と片瀬。
「あ、アメリカ……です」
アメリカなのか。
「アメリカの、どこなの?」と冨田。
正面に座る竹本は目線をぐるっと一周させた。言いたくないのかな。俺は一枚だけラーメンに付いてくるチャーシューを口に入れた。
「……ハワイ州です」
ハワイ? 本土じゃないんだな。
「本土じゃないんですか⁉」
竹本は驚いた。いやいや、自分が住んでたんでしょ。
「ああ、どうしましょう」
竹本は眉をひそめた。そしてさっきと同じ感覚がする。——長めの瞬きがあった。
「アメリカの、どこなの?」
冨田がまた同じ質問をした。ハワイだって答えただろ。そう言おうとしたんだが、俺の箸には再びチャーシューが挟まっていた。数十秒前に食べ切ったよな。
——何が起きてる?
「カリフォルニア州なんです。西海岸です」
竹本が今度は自信たっぷりに返答した。……ん? ハワイじゃないの。
「あー、カリフォルニアね。あの、ニューヨークとかの近く」と片瀬。
「片瀬ちゃん。丸きり違うよ。黙ってて」と福岡。
冨田を見ると納得顔だった。お前らどこに納得してるんだ。竹本は答えを変えてるだろ。俺はチャーシューを食べてから指摘する。
「あのさ、ハワイだって言ってなかった。ついさっき」
そう言うと、竹本はまた驚いて固まった。先ほどから何が竹本を驚かせているのだろうか。よくわからん。他の三人はポカンとしていた。
「おい、アイ。同じ話って何のことだよ?」
冨田はもう竹本の発言を忘れちまったのか。と思ったら、
「わた、私もハワイ出身だなんて聞いたこと無いな」
福岡も俺に向かって言う。そして片瀬も、
「相田はぼーっとしているから何か聞き間違えたのよ」
そう言って笑い者にされた。そんなハズは無いんだけど。竹本をチラッと見ると、首を傾げていた。俺がおかしいのだろうかと思ってしまう。どう考えても同じことが繰り返されている。そう言えば、竹本が転んだときも同じだった。竹本が転んだと思ったら、転ぶ前に戻っていた。素っ頓狂な異常が俺の脳みそに起こったのかもしれないな。
「そう言えばさ、美月ちゃんって今はどこに住んでるの?」
片瀬が話題を転換する。俺の察知した異変を無視しないでくれよ。ま、いいか。ラーメンを食べ進めよう。ズルズル。
「えっと、ここの近くです」と竹本。
「へえ、片瀬ちゃんも高校の近くだよね?」と福岡。
「うん。ここらへん危ないから、事故らないよう気を付けてね」
片瀬が竹本に忠告する。ここの近所は交通事故が多いんだっけ。
「ジコラナイ、ですか?」
竹本が訊き返す。もしかして日本語に不慣れなのかな。
「竹本さん、『事故る』は事故に遭う、の意味だ」
教えてやると、竹本は「なるほど」と綺麗な笑みを見せて——瞬きが来た。
「うん。ここらへん危ないから、事故らないよう気を付けてね」
これまた片瀬が同じ発言。つまり、三度目のループ。同じ状況が繰り返されるんだからループみたいなもんだろ? 時間が巻き戻されている感覚だ。
「はい。この時代は交通事故が多いですものね」
竹本は穏やかに答えた。なるほど、気付いた。ループを体感するたび、竹本だけが異なる行動を取っている。万が一だけど、もし俺の頭がおかしくなったわけじゃないなら、これって、竹本が関与しているんじゃないか。今のあり得ない超常現象のカラクリをきっとこの少女は知っているはずだ。なんてね。一応、訊いてみるか?
「やっぱり竹本さん、時間が——」と俺がそこまで言うと、
「や、やっぱり相田さん。その、気付いて、ますか?」
竹本と俺は目を合わせて静止した。ビンゴだ。竹本は何か知っている。お互いにその次を言えなくて黙ってしまった。
「ん、どうしたんだ? 二人とも」
冨田は俺たちを不審そうに見守っている。引っ込んでろ。とりあえず、俺たち以外は事情を把握できていそうにないし、他のやつらの前では黙っているか。
「いや、何でもないぜ。ぼうっとしてたから竹本さんを心配させただけだ」
冨田は馬鹿にしたように笑った。はいはい、俺は年中無休でぼうっとしてるキャラでいいよ。昼休みはその後つつがなく終わった。まあ、竹本と知り合いになれたことは嬉しい。が、俺は違った意味でドキドキすることになってしまった。変なクスリでも飲まされたのかな。まさかね。




