三十二.仰せ言を背かば(7)
「それで、次は超能力を付与したときの話に移りたいんだけど、ここから先は伊部くんにバトンタッチだぞ」
ルリが俺を慰めつつ、伊部に主導権を譲った。伊部は気の毒そうに俺を見ている。女難を抱える俺を見るのがそんなに惨めか。
「モテるということは、罪作りということなんだな」
伊部はモテなそうだもんな。僻んでろ、羨ましくないだろ。
「ポテトでも食って機嫌直せ。俺からはじゃあ、超能力の話でいいんだな?」
最初は超能力を使っていなかった。けれど、途中から超能力が登場したんだったよな。いつ頃なんだ?
「六月だ」
早いな。美月が来たのが四月だろ。
「それだけ、時間軸の修正は難しいことだったんだよ。超能力によって劇的に時間軸は安定を見せるようになった。ちなみに、超能力の説明は大丈夫だな?」
親切なRPGのような質問だな。大体わかるよ。美月のお母さんの研究だ。人間そのものの遺伝子レベルでの身体機能の拡張を行う技術。肉体に機械の技術をインストールするのと同じだ。
俺は記憶の保持――つまり、レコーダーがネタ元になっているんだろ? ノエルは転移装置で、石島はユリの持つ身体強化で――そういう説明を〈良心〉から貰っているよ。
「ならOKだ。でも前にも言った通り、超能力だけじゃ時間軸の修正は難しい。なぜだと思う?」
なんでだ。
「はいはーい! 地球の裏側で起きたり、同時多発的に発生した事件に対処できないから」
ルリが先に答えてしまう。
「そうだな。結局それじゃ、時間を『遡って』地道に事件を解決するのと変わらない。超能力は、世界の秩序の均衡を修正しやすい解決策でしかない」
まあ別に転移装置があれば、ノエルは要らないし、体内コンピュータ―があれば〈身体強化〉できるもんな。
おい、じゃあ何のために超能力が付与されたんだ。それだけじゃ時間軸の修正の難易度は変わらないんだろ。
伊部はよくぞ聞いてくれた、とばかりに微笑む。とっておきの理屈があるんだな。
「未来を確定させる方法があるんだよ。難しいかもしれないが、西暦30XX年と西暦20XX年を、ダイレクトに矛盾なしで繋げていたのがこれまで。だけど発想を変えるんだ」
どうやって?
「修正に苦労するのは、西暦30XX年が確実に存在していて、そこに矛盾なく繋がる20XX年があると考えるからだ。30XX年が変わると、20XX年も変わらざるを得なくなる」
それはわかってるよ。美月の父親が言っていただろ。
「では(20XX+10)年を、仮にシミュレートして、そこが矛盾なく存在していると証明できたら? その未来へ向かうのであれば?」
お、おっと。するとつまり、どういうことになるんだ。頭がフリーズしそうになるのをルリがサポートしてくれる。
「具体的に考えてみましょう、シュータくん。伊部くんは(20XX+10)年なんて小難しい言い方をしますが、要は(10年後)です」
10年後の世界が、矛盾なく存在しているということ? ルリは頷く。
「例えば、今日はこの通り地球は存在しています。そして、10年後も地球は確実に存在していると証明されたとします。ここで問題、5年後に地球は存在しているか?」
ああ、そういうことか。わかった。5年後も存在しているよ。まあ、マジックみたいに5年後に一度、地球が消えて、6年後に復活した可能性も無くはないけど、あり得んだろう。
「それを、世界の秩序の維持に使うって、どういうことなんだ?」
伊部は「何も難しくないぜ」と言う。
「時間軸の中から、数年後も安泰で、確実に存在しているであろう人物を抽出して、その人物が、たとえば(10年後)も健在でいることだけを証明し続ける。超能力を使って、多少強引にでも、その人の未来を証明し続ける。すると、世界は(10年後)まで確実に存在することになる」
「世界」を守るのではなく、「その人」を守る。その人がちょっと先の未来でも無事なら、逆説的に現在の世界も無事ということか。って、待てよ。
「その誰かさんは、実在する一人なんだよな。この時間軸の」
美月ではない。美月は時間軸の外の人間だ。ルリを見る。知っていたのか? ルリは首を振った。
「ルリは、その人が誰か最近知りました。クリスマスの事件の後、伊部くんが教えてくれた」
実験の当事者だったルリにまで機密情報として秘匿されていたのか。
「まあ、そうだな。知っている人物は一握りの超・超・禁則事項♡ だ。なぜならそれを把握していれば、その人を殺すだけで、世界を崩壊させられる」
世界とその人物の命綱を一本に結び付けるということだからな。で、誰なんだよ。秘密はもう作らないんだろ? ここでCMとか挟んだら炎上させるぞ。
「誰だと思う?」
伊部が真剣なまなざしで尋ねる。誰って……。誰だろう。この世全ての中心。そんな人物がいるのだろうか?
「あの、こんな話をしているってことは、もしや、俺じゃないよな?」
「お前じゃない」
違うんかい! 恥かいた。ユリとルリに笑われる。流石に俺は世界の中心じゃないよな。




