三十二.仰せ言を背かば(6)
「そうです。身体能力を拡張させる私たちの技術を応用しようと決まったのは、実験の後半から。春先ではルナが主体で、ルリさんが補佐として進めていたの」
「まあ、ルリは美月のお世話係というか、メイドさん? みたいなものだったけどね~」
ところで、美月が選ばれた理由はあるのか。父親が主導するプロジェクトの娘だから?
「それも、まあ無くはないのかな。ルリが聞いたところでは、実験の本部に美月が直訴したと。あの子は今とは全然違って……本当に内気で無口な人でしたから、変わるきっかけが欲しかった、ということではないかな?」
俺の知らない美月は箱入り娘で、内気で無口な人見知り少女だったようだ。昔なじみの伊部も反論しないのだから、事実なのだろう。ユリが笑みを漏らした。
「直訴したって言い方は、外部向けの聞こえの良い言い方かしら。実際には両親が強く勧めたのよ。ルナは過保護で臆病だった。変わるきっかけが欲しかったのも両親の方で、ルナは嫌々務めることになったの」
「そ、そうなのですか? 無口で淡々と仕事してたから、ルリはてっきり」
可愛い子には旅をさせよという両親の希望だったようだ。その結果、美月が派遣されて「遡り」を使って内側から時間軸を保護しつつ、タイムマシンの運用試験が始まった。
「ちなみに初代オペレーターは俺じゃなくて、美月のお母さんだぜ」
「へえ、あの陽だまりのように優しいという」
すると、ユリが飲み物を飲んでいたところむせた。気を付けろよ。
「美月はこっちで暮らすことになったんだよな? 星陽高校に入学したのもそれでか?」
「そこで、シュータくんの登場なのですよ!」
ルリがピシッと指を突き付ける。も、もう俺が出て来るの?
「最初は学校なんて行っている暇も無かったのです。刻一刻と変わる〈現在〉に合わせて、秩序の維持をしなければなりませんから。そこで、星陽高校でちょっとした修正を行う必要が出てきてしまったのです」
そのとき、美月が星陽高校に来たのか?
「ハイ。ルリも一緒に行ったのですけど、騒ぎを大きくしてしまって……。それを庇ってくれたのが、シュータくんでした」
完全に記憶に無いけれど、そうだったのだろうね。俺は内心正義の味方に憧れ、諦めて面倒くさがりの皮を被っていた悲しき男だ。いざというときには、咄嗟に助けに動いていたとしても不思議じゃない。
ルリは楽しそうに、思い出に胸を馳せる。
「当時はルリも、控えめで頭でっかちの純朴な女の子だったので、シュータくんを呆れさせてしまいました。全ての事情を説明しても、こんな不器用な二人じゃやっていけないぞ、と言われて……。だから美月が意地になって、学校に行かせてくださいって言い出したんだよね」
そんな経緯があったのか。伊部も思い出したようで高らかに笑う。
「そうだよ、そうだった。だから転校の手続きを急遽取らされてさ、あれでかなり秩序いじってしっぺ返し食らったもんな。でもさ、アレ言われたときのルナの父さんの表情ったらもう……。『どうしてスカートはあの長さである必要があるんだ。女の子はスカート穿きたいものなのか』とかブツブツ言ってさ、不満そうだったけど、でも口元は笑ってたんだよな」
ユリも口元を押さえてくクスクスし出した。俺も見たかったぜ、当時の美月。
「あの人、ルナが自主的に社会生活の場に出て行くことが嬉しかったのよ。挨拶すら怪しいあの子が学校だって言うから、わたしも最初はヒヤヒヤだったけどね。そしてシュータくんとは仲が悪いし」
え、俺と美月って仲悪かったの? ルリが「覚えてないんだ」と言う。
「美月は甘やかされて育ちましたから、ガミガミ怒る口の悪いシュータくんとは相性が悪くって」
いや、全然記憶にない。
「むしろ、最初はいつでも味方してくれる石島くんに懐いていた感じでしたし」
石島……。あのイケメン、やけに美月を気に入っていると思ったら前世(死んでない)で美月と仲良くやってたのか。許せねえ。
「でもまあ、とにかく美月は転校してきたのです。シュータくんのいる三組に。五月だったかなー?」
それが、二年に進級した俺が最初に見たデジャヴな光景だったわけだ。
「それからいくつか事件があって、そのたびにシュータくんは美月を救ったんです。ですから、文化祭実行委員会の深雪ちゃんVS、事件を経るたび親密度が上がっていく美月と恋のトライアングルがバチバチしていて……」
俺は前々々世でも三角関係を履修していたのか……? 自分の生き方というものを見つめ直さないといけないみたいだな。ところでルリは何していたんだ?
「ルリは自宅待機でした。何かあるといけないので。でも、そんなルリにもシュータくんは優しくしてくれたんですよ。シュータくんの掛けてくれた言葉、忘れません。今の陽キャのルリがあるのは、過去のシュータくんのお陰なんですから」
そっか。なんか、以前にもそんな話をしていたよな。覚えてなくてごめん。
「ルリがエロを学んだのも、シュータくんの部屋にあった薄い『参考書』と、シュータくんのPCで閲覧できる、教習ビデオのお陰ですから」
「何だって?」
「ルリ、孤児院で育って、そういうものに触れる機会が無かったから、シュータくんのおうちで初めて学んだんだよ」
――ほう。つまり過去の俺が性欲モンスターのルリを作ったんだな。ルリがドMなのって、ユリがドS姉だからじゃなくて、俺の所持している「教科書」の傾向を的確に踏まえているから――? そう考えると辻褄が、合う、だと。
「シュータくんってば変態性欲なんだから!」
「……」
俺がルリのお色気ボケに苦しんでいるのは、つまり自業自得ということだ。
「だって、ルリもシュータくんのこと好きになっちゃったんだから、しょーがないじゃん。好きな人の性癖は把握したいでしょ? 好みの女の子になりたいじゃない」
未来でアカデミーに通っているルリは、文学少女っぽかった。あれが元の性格なのだろう。俺が開花させなければ、あのまま赤面と眼鏡が似合う少女になっていたはずだ。や、でも、今のルリもルリらしくていいんだが、でもなあ。




