三十二.仰せ言を背かば(4)
美月と別れてから、何を見ても興味をそそられない。漫画もラノベも、次々新刊が出るけれど、受験生にはあまり付いていけないな。気が付いたときには学習参考書のコーナーでペラペラと参考書を読み比べていた。あ、時間。
スマホを見ると、ミヨから返信がある。
>元樹
もとき……。誰? もとふゆきか? 素っ気なく返したつもりだろうが、「ゲンキ」を変換ミスしてるな。ふざけているつもりは無さそうだ。返事の仕方が難しい。
>元気なくなったら、連絡くれよ
まあこんなもんで。結局、勉強の息抜き用に創元推理文庫を一冊抱えて、レジまで向かった。ミステリなら楽しめると思ったのだ。
ミステリは探偵も読者も、事件とは離れた立場から観察して、犯人を見つけて、外野から糾弾するだけでいい。事件の当事者になる苦しみを一番感じないのがミステリだった。気楽な息抜きだ。
レジに並びながら、ここってコードペイ使えなかったよなと思う。レジには仕事帰りの大人が数人並んでいた。
「奥のレジ、どうぞ」
柔らかな女性の声に呼ばれて、奥の三番レジに向かう。本屋さん特有の、カバン置きがある雑多なカウンターの前に立つ。
「お願いします」
店員さんに文庫本を手渡した。腰ポケットの財布を取ろうとしたところ、支払い方法一覧が目に入った。なんだ、コード決済使えるようになってるじゃん。ラッキー。スマホを開く。
「お客様、当店のカードはお持ちですか?」
「いや、持っていません」
「お作りしますか? すぐ作れますよ。いつもご利用ならぜひ」
えっと、別に要らないんだけどな。
「ぜひ」
「じゃ、じゃあお願いします」
ああ、流されてしまった。作っても邪魔にならないからいいんだけど。新規のカードを渡される。
「本にカバーはかけますか?」
「お願いします」
学校でも読む可能性があるからな。カバーを覗かれたら嫌だ。
「お会計が――円になります」
「コードペイで払います」
「では、こちらにバーコードかざしてください」
ああ、自分でカメラにバーコード映すやつね。距離感が難しいんだよな、これ。
「はい、決済完了しました」
店員さんはテキパキとした動きで、本にカバーをかけていく。細くてキレイな指だ。
「あの、そんなに見つめられたらやりにくいんですけど」
え? 店員さんに怒られてしまった。そんなに見つめていたつもりもなかったんだが。謝ろうとして顔を上げた瞬間――店員さんと目が合う。
落ち着いた表情、冷ややかで魅惑的な目元、髪はウェーブのかかった美しいブラウン。今は一つに束ねている。
「あ、佐奈子!」
「いらっしゃいませ、相田くん」
なんと駅前のデパートの書店で働いていたのは、ミヨと同じクラスで超能力者のリア充、演劇部・前部長の小野佐奈子だった。よく見ると、茶色のエプロンに「ono」と書いてある。オーノーって英語みたいだな、と言ったら英語じゃんと返された。確かにそうだ。
「なんだ、内緒でバイトしてるのか」
「内緒じゃなくて、夏休みから学校に許可取ってやってる。ほら私、推薦組だから」
推薦入試ね。どうやら指定校推薦の枠をほぼ手中に収めているらしい(まだ確定していないはずだが)。策略家らしいサナちゃんだ。
「小遣い稼ぎ?」
「演技の勉強にもなるし、お金もがっぽがっぽ」
そりゃ良かったじゃねえか。どうせデートで使うお金だろ? 佐奈子はカバーをかけ終えると、ポイントアプリのお知らせと、書店の栞を挟み込んで俺に手渡した。
「お買い上げありがとうございます」
「なんか同級生にレジ打ってもらうの、初めてだな。恥ずかしい」
佐奈子は小悪魔なスマイルを浮かべた。
「相田くんのハジメテ、いただいちゃった♡」
あーハイハイそうだな。俺がレジで喋っていたら邪魔だろうと思って振り返ると、特に誰も並んでいなかった。
「日本人は同調行動をするから、レジにたくさん人が並んでいると自分も並びたくなる。レジがガラ空きだと、レジに行きにくくなる。無意識に他人につられて動くから」
そうなんすか。確かにあの列はどこへやらだ。かと言って、無駄話もしてはいけないだろう。佐奈子は俺の表情をじっと見つめていた。
「相田くん、元気ない。オーラでわかる」
オーラ? 冗談なのか本気なのかわかりにくい人だ。
「私さ、バイトが17時15分から、20時15分までなの。レジ締めするの。一人でレジ締め」
そ、そうなんだ。一人でレジ任されるのって大変だろう。
「相田くん、今日は予定あるのかな?」
「いちおう――」
「無いよね。20時20分にデパートの入り口で待ってる。家まで送ってね。じゃないと私、夜道に一人ぼっちで帰らないといけなくなる……」
そう言ってアルカイック・スマイルだ。いや夜八時って……。あと3時間もあるんだけど。俺が困っていると、佐奈子は下を指差した。
「駅前のコーヒーショップに座っていればいいよ。私が奢るから、そこで勉強でもしていて」
どうやら佐奈子的には俺を元気づけようと画策しているらしい。要らない気遣いだと思えるんだけど、どうせ美月もいないし、佐奈子くらい薄ーい関係の女子と話していれば少しは気分が晴れるかもしれない。
「断ってもいいよ?」
そこまで言わせて、どうしても断りますとは言えないだろう。
「待ってるよ」
「待っていてね」
「バイト頑張れよ。エプロン、似合ってるぞ」
「わ」
あまり迷惑にならないように、俺は書店を後にした。ルリからメッセージが来ていて、準備ができたと伝えられた。




