三十二.仰せ言を背かば(3)
「まあまあ、女子の皆の気持ちもわかる。相田くんも悪いんだから素直になろうよ」
元生徒会長の石島まで登場。何の劇をしているんだ? 石島は女子に理解のある調停役のモテ男子かな。
「よくわからんが、謝るから帰宅させてくれないか」俺はリュックを背負い直した。
すると、坂元がけろっとした様子で立ち上がった。
「みよりんが元気ないのさ。そのことで、百パーセント相田氏が犯人だと思ってね。劇団・サカモトを呼んだのだよ。タコちゃんは、相変わらず完璧な久保〇リカボイスだったし、石島くんも夏油ボイスありがとう」
暇人なんだな。あいにく俺は忙しいんだ。石島は腕を掴んで引き留める。
「実代さんに元気がないのは本当だよ。大人しいんだ」
ミヨが大人しいだと⁉ 確かに由々しき事態だな。世界が崩壊する予兆なんじゃないか。よく地震の前には動物たちが避難するとか言うだろう。
「私は、師匠の問題なんだからあまり追及しなくても、と言ったんですけど」
事情を知っている阿部が陰から口添えする。十中八九、美月がいなくなったことと、その後俺と喧嘩したことが原因だろう。
「あいつ、美月がいなくなって寂しいだけだろ。妹みたいに従えていたからな」
美月に裏切られて傷心中の若草物語ということだ。坂元は目を細める。
「相田くんは本当に何も知らないんだね? 心配すらしないのは、事情を知っているからだと思ったけど」
ミヨが元気ないのか……。やはり俺が後夜祭のときに何か言ったからだろうか。それとも、俺に避けられていると勘違いしているからなのか。ああ見えて、本当に心は乙女だから困るんだよな。
「俺は知らん。元気出せって伝えておいてくれ」
「みよりん、シュータくんの名前出したら涙目になってたよ?」
――は? あいつそんなに気にしてんの? 俺は三人に向かって言った。
「あとでミヨにメッセージ残しとくよ。それでいいだろ。美月のことで意見の相違があったんだよ」
坂元は「ぜひそうしてあげてー」と言って、立ち去った。阿部は気まずそうに「センパイよろしくです」と言い残していった。部活に向かうらしい。
「美月さんがいなくなったこと。あれは想定されていたことなのかな」
石島が腰に手を当てて訊いてきた。俺は「そんなわけあるかよ」と呟く。
「僕はよく知らないけど、美月さんは不本意に去ってしまったんだよな」
まあ普通に考えればおかしな別れ方だ。そう勘繰られても仕方ない。俺は足元を見つめて答えた。
「……俺が何とかするから」
「じゃあ、任せようかな」
そう言ってニヤニヤ笑う。俺は顔を挙げた。意外だな、お前は俺が美月と結ばれるのが嫌じゃないのか。
「まあ、悔しい気もするけど、二人はお似合いだからね。本人が幸せなら、OKです!」
ウザ。ウザすぎて辛いわ。石島は笑い出した。何がしたいんだ、お前らはさ。
「坂元さんは、友達の実代さんが心配で、僕は友達の相田くんを心配しているのさ。誰だってお節介を焼きたくなるものだよ。友達のためなら」
よく恥ずかしげもなく、往来でそんなこと言えるよな。
「大学行っても、たまには僕と遊んでくれよ」
石島は寂しそうに言う。遊んでくれ? 俺は男と火遊びする趣味は無い。女子に言え。石島は手を振って廊下を歩き出した。
「僕と美月さんを会わせてくれって意味だよ。相田くんを介して――。じゃ期待するよ」
あいつは後できっちり〆てやらねえといけないらしいな。身の程を弁えてもらわないと。俺はいつの間にか微笑している自分に気付いて恥ずかしくなった。
まだ残暑という蒸した気候。それでも日暮れになると少しだけひんやりする風が吹く。天気も悪くて余計肌寒い。靴を履き替えて、校門を出るまでにミヨにメッセージを送る。『元気か?』とだけ送っておいた。
これくらいでいいのだ。話したければ、たくさん返信が来るだろうし、そうじゃなければシカトされるだろう。実際、ノエルとは最近ほとんど連絡取ってないし。こうやって人とは別れていくものなのかもしれないと思う。
すると、ルリからメッセージが来ていることに気が付いた。体内コンピューターに送ったものをスマホに反映できるように設定してもらったのだ。
>お姉ちゃんの〈良心〉が下りてこないので、少し時間を潰してから帰ってきてください
>ゴムも一箱買って来てね♡ 薄いやつ
>〈谷間の画像〉
ブロックするかー。さて、時間を潰せってのが一番困るんだよな。深雪の誘いも断ってしまったし金も無い。歩いて本屋にでも行くか。元気ならバッセンにでも行くんだが。
今日もあいにくの曇り空で気分が上がらない。あまり遠くに行きすぎても帰れなくなるといけないし、俺は駅前の複合デパートに向かうことにした。一人で学校から駅まで緩慢に歩き、建物に入るとエスカレーターで四階まで上がる。




