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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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三十一.死ぬる命をすくひやはせぬ(2)

「あーあ。高校最後の文化祭だっつーのに、もう終わっちまった」


 日暮れの教室で、冨田が嘆いた。星陽高校の文化祭は夏休み明けの第一週、金土曜を使って行われた。高校三年の俺たちにとって、最後の文化祭だ。それも撤収作業が終わり、残すは後夜祭のみとなっている。


 雨音が響く中、冨田と福岡と片瀬、あと俺――の四人は教室の一角で固まって時間を持て余していた。


「もう学校行事もなくなっちゃったね。寂しいな。すっごく充実してたから」

 福岡は文化祭メイクで楽しんでいた様子だった。片瀬も同じだ。ハートやら星がほっぺに描かれている。


「ねえ、相田」

 ポケットに手を突っ込んだまま机に座っている俺を片瀬が睨んだ。なんだよ。


「ずーーーーっと辛気くせえ顔してっけど、何なの? 陰気すぎて、あんたがいると空気が淀むんだよ。殴りてえな」


 殴りてえはおかしいだろ。そんなに暗かったか、俺。


「しょうがねえだろ、竹本ちゃんがいないんだから」

「片瀬ちゃんなりの、エールだよね」


 冨田と福岡が間に入る。いや、エールではなく脅迫だろ。片瀬はじいっと俺を見つめる。


 美月がいなくなったことは変えようのない事実だった。そのため、学校では伊部が情報操作をして、転校したことになっている。海外に行ってしまって会えないという話なのだ。


「にしても、さよならも言わずに行っちゃうなんてなー、竹本ちゃん。俺だって少しは傷付いたぜ」

「我慢しなよ。相田くんだって、聞かされてなかったんでしょ」


「ま、まあそうだな。誕生会のときには何も言ってなかったよ。だけど、来年から向こうの大学に行くわけだし、色々手続きとかもあるんだろう。ずっとここにいられないよ」


 俺の作り笑いを見て、片瀬は溜息を吐いた。


「逃げられたってことじゃん」


「逃げてない、美月は――」


「でも、卒業式には来るよね……」福岡が呟く。

「このままお別れなんて、嫌だよな」


 ――冨田まで。この三人は二年間、一緒のクラスだったんだ。寂しい気持ちは俺たちと何ら変わらないよな。


「大丈夫だ。俺が何とか連絡を取る。卒業式には、絶対呼ぶよ」


「あんたが呼べなかったら、誰も呼べないからね」

 片瀬が叱咤する。そう思うよ。美月を呼び戻せるのは、俺しかいない。


「そうだぜ、アイ。皆で笑って卒業してえだろ?」

 まあ、そうだね。


「その前に、片瀬ちゃんもチャラ田くんも、受験勉強しなさい! 卒業じゃなくて留年したら顔向けできるの⁉」

 福岡が二人を叱った。


「うげ、岡ちゃん留年はないぜ」

「よく言うよ、アホ田」


「お前だって人のこと言えるか、バカ片瀬。略してバカタセ」

「あんだと、腕ちぎるぞ」


 どいつもこいつも深刻なんだか、アホなんだか。福岡はそっと隣に腰掛けた。


「大丈夫だよ、相田くんならきっと。美月さんは自信が無くなって逃げ出しちゃっただけ」

 逃げたわけじゃないんだけどな。むしろ逃げたのは俺。


「美月ちゃん、相田くんのこと大好きだよ。昔からずっとそう話してたから」

 福岡が微笑んだ。こいつは美月にとって普通の友人代表だったな。一緒に色んな話をしたんだろう。


「あっそ。美月が俺のこと好きなのは、知ってる。あの子は見る目がないんだ」

「あ、照れた」


 照れるだろ、同級生にそんなこと言われちゃ。――そのとき校内放送がかかった。深雪の声だ。後夜祭が始まるから、体育館に集合しろという命令だ。もう18時か。


「おい、アイ。さっさと体育館行くぞ! 早くしねえと青鬼が来るぜ」

「誰が青鬼だ」片瀬が追い掛ける。


 福岡も「行こ」と立ち上がる。俺は窓の外を眺めた。雨が降っているな。


「俺は、トイレ寄ってから行くよ。先に行っててくれ」


 三人は戸惑った様子で「わかった」と言った。教室から人が減っていって、誰もいなくなる。俺は隣の席を眺めた。美月の席だ。今は空席のままそこに残されている。……



 俺は騒がしい後夜祭に出席する気分になれなかった。一昨年はそこで失敗をした。去年は、美月と来年も楽しもうと約束した。――そうだ、あのときは喧嘩したんだ。思い出しても笑える。馬鹿なことやっていたな。佐奈子もえらい事件を起こしてくれたし。本当なら、今年は美月と思いっきり楽しんで、またどんちゃん騒ぎをしていたはずなのだ。約束だってしたのに。


「18時から、後夜祭が始まります。参加する生徒は、体育館までお集まりくださーい」


 ふと、背中側から声が聞こえた。教室の入り口にはショートヘアの女子が、紙筒でメガホンを作って立っていた。


「なんで深雪」

「なんでじゃなくて、アイくんが来ないから捜そうと思っただけですけど」


 一人になりたくて残っていたんだ。わざわざ来るなよ。もうステージが始まっているんじゃないのか。深雪は俺の隣に来て、一緒に窓を眺めた。


「リハで一回見てるし、三年生だから仕事もほぼ後輩任せだし」

 こんな所にいてもつまらないだろう。俺が言えたことじゃないけどさ。


「アイくんと過ごすことが、人生の喜びだからね」

「よくそんな気持ち悪りいこと平気で言えるよな」


「何とでも言って。美月さんが星になった今、傷心中のアイくんに一番近いのは私なのだからさ」


 美月は死んでねえ。今も未来のどこかの星のコロニーに生きているのだ。


「ははっ。本人がいなくても片思いできちゃうのね、アイくんは」


「そういう男だ。一途なやつなんだよ」

「そういう男だから、私は好きなのかもね」


 恥ずかしいことをぬけぬけと。深雪は上目遣いで俺を見てきた。


「苦しいときは深雪に頼ってよ。私生活でも勉強でも。そういう仲でしょ、私たち」

「そうかな」


「私の体内コンピューターだってまだ健在ですから、連絡取りたいときは頼ってくれていいし、未来のことの相談も受け付けるよ」


 ありがたい。なかなか話せる相手も限られてくるからな。


「だけど、状況を把握したうえで、これ以上関わることはオススメできない。流石にさ、いばらの道すぎるでしょ。危険だと思うんですけど」


 やっぱりそう思うか。俺もどうしたらいいか、最近ますますわからなくなってきた。


「アイくんも、大人なんだから、責任持った判断をしなきゃ駄目だよ。アイくんの選択で悲しむ人がいるかもしれないこと、忘れないで」


 また同級生に説教されちゃ敵わないな。周りが気遣って激励してくれていると思うと少々わが身が情けなくなってくる。


「後夜祭、来る? 無理しなくていいけど」

「少し覗いていこうかな。いいよ、一人で行く」


「そ、元気出しなよ」


 深雪はそう言うと、背伸びをして俺の頬にキスをした。顔を赤くしながら一歩、二歩と後ろにステップを踏み、足早に去ってしまう。


「魔力供給だからね。本番じゃないからね」

 ばっかじゃねえの。――ち、一回くらいは体育館に行ってみるか。

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