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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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三十一.死ぬる命をすくひやはせぬ

 元の時間軸に「戻った」俺たちは、静かなリビングで意識を取り戻した。阿部が待っていてくれた。時刻は誕生日会の日の、夜8時。あれだけ長いこと旅をしていたのに、こちらでは数時間しか経っていない。


 阿部も結果を悟ったようで、あまりしつこく訊いてこなかった。ノエルやミヨは気丈に振る舞い、俺は気の利いたことは何も喋れない。


 賑やかなまま残された誕生日パーティーの片づけを、ただ黙々とこなした。もう遅いからということで、ノエルに送ってもらうことにした。ミヨが玄関まで見送りに来てくれる。


「シュータ。気を落とさないでよ。絶対また美月には会えるんだからね」

「ああ、ミヨも」


 ミヨは今日から一人暮らしに戻る。全てが夢だったように呆気なく終わってしまった。ミヨは心配そうに俺を眺めていた。いくらしょげているからって、別に飛び降りたりなんかしねえよ。


「ミヨ、美月のぬいぐるみ。取って来てもらえるか?」

「え、ぬいぐるみ?」


 ミヨは二階へ駆け上がって、アリクイとナマケモノのぬいぐるみを持って来た。


「これでいい?」

「しばらく借りるね。ありがとう」

「ん」


「さあ、先輩。今日は休みましょう」


 ノエルに促されて瞬間移動をする。阿部ももれなく付いて来る。家の前まで移動してきた。なんだか疲れたよ、パトラッシュ。疲労以外の色んなものまで押し寄せて来る。


「先輩、今日は疲れているからって、風呂には入れないっすからね。まだ自己治癒の途中なんですから」


 腹から内臓にかけて傷を縫合中なんだよな。うっかり忘れそうになる。二日三日は安静が必要だそうだ。どうせ夏休みだし、言われなくたって毎日ゴロゴロしているよ。


「勉強してください」

 阿部に怒られてしまった。勉強はしても良かったのか。難しい怪我だな。


「先輩がボケに終始するときって、大概疲れているときっすよね。心配です」

 後輩二人にまで心配を掛けるとは、ちょっと情けないかな。


「俺は思うんです」


 ノエルが夜空を見上げた。電線が入り組んでいて、住宅街の小さな照明が灯る、何とも現代臭い風景だ。何もねえ空だけど。


「いや、空に何かがあるというわけではなく。雰囲気で上を見上げただけで――」


 そうところあるよな。カッコつけ。阿部はくすくす笑っている。そんな仲睦まじい二人の姿が、なぜだか胸にチクチクと棘を刺した。


「これが本来だったんだなって、思うんす」

 そうだな。美月と出逢わずにいるルートだって、全然あり得たんだ。


「美月先輩と会えたこと自体が奇跡です。その結果色んな人に巡り会って、面白いこととか大変なことに出くわしたのは、さらに幸運でした。たとえ一瞬でも美月先輩と一緒にいられたことは、幸せだったなって」


 俺も同感だ。阿部も頷いている。


「もし、本当のお別れになったとしても後悔はしません。俺はたぶん少しだけ変われたから。俺が美月先輩との出会いから受け取るべきものは、もう貰いました。あとは、本来の日常に戻るだけです」


 皆にとってもそうなのかもしれないな。美月はこの短い間にもたくさんのことを残してくれたから。


「でも俺は、今の美月が苦しんでいるとしたら助けたい――」


「それも正しい意見だと思います。ですが、〈特別〉だったものが〈普通〉に戻っただけなんです。シュータ先輩が辛いと思うなら、距離を置いても構わないと思うんです。あとは美月先輩とその周囲の人たちの問題になるわけなので」


 そういう意見も当然出るよな。ゴメン、今はそんな風に割り切れない。


「すみませんでした。差し出がましいことを言って」

「いいんだ。俺もまだ受け入れられていないだけだ」


 ノエルは握手を求めた。俺はよくわからないなりにその手を取る。なんだ?


「夏休み明けの文化祭も終われば、先輩とも会う機会は減るでしょう。今までのこと、全てをひっくるめて、ありがとうございました。感謝しています」


「あ、ああ。そうか、もうお別れか。そうだな。たくさん助けてくれてありがとうな」


 ノエルは爽やかな笑みを作って、手を離した。阿部は「尊いね」と手でハートマークを作って覗いていた。やめろ。


「センパイ、文化祭で私の演劇、見てくださいよ」

「あと、春に送別会やるんですから、絶対来てくださいね」


 そうだな、ぜひ呼んでくれ。美月と一緒に行きたい。後輩二人が瞬間移動で消えるのを確認して、家に戻った。風呂には入らず、濡らしたタオルで体を拭き、そのままベッドにもぐりこんでしまう。ダメだ、全然笑えてなかった。


「美月」


 二体のぬいぐるみと向き合う。このぬいぐるみで美月と一緒に遊んだ思い出が、急に脳裏をかすめる。不意に涙がこぼれた。ベッドの中で美月の笑顔を思い出しながら。一人の間くらい、泣かせてくれてもいいだろう。

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