三十.貝なしと(28)
「ハッキリ言えば、私は娘を守りたいからそういう発言をしているんだろう。ルナが危険を顧みずに行動することを、親として看過できないんだ」
「お父さん!」
美月がついに声を上げた。椅子から立ち上がって抗議する。
「私たちは、シュータさんたちの時間軸を作ってしまった。であるならば、最後まで責任を持って管理すべきなんです。要らなくなったから、ぽいじゃ駄目なんです」
「情が移ったような話に聞えなくもないが、百歩譲って彼らの時間軸を保存し続けるとしよう。だが、それを達成するにも条件がある。これはユリくんから彼らにも申し伝えさせたはずだ。――ルナが干渉しないこと。何度も言うように、これが最低条件だ」
美月がこっちの時間軸との行き来をしないってことか。
「そうすれば、ルナが干渉することによって起こる秩序の乱れに苦心する必要も無い。ルナが危険を冒すこともなくなる」
「で、ですが、責任を持って管理するためには――」
「ルナ自身が直接出向いて、現地で人間と交流することに意味があるのか。無いだろう」
そんなことない。美月は俺たちにとって大切な仲間なんだ。明日からいなくなったら、それだけでえらい騒ぎだ。そうならなかったとしても、俺が暴れてやる。
「〈過去〉と干渉する必要は認められない。交わることのない完全な『並行』世界として存在し続けること――これが両者にとって穏便な解決法だ。ああ、結論は出ました。話し合いは終わりですね」
父親は俺たちに会釈をすると、立ち上がってしまった。ちょっと待ってくれ。
「お父さん! 私は納得していません。シュータさんたちと別れるなんてできません」
父親は美月のことを正面から見下ろした。美月が叱られた子供のようにじっと見返す。
「何の理由でそれを要求している? 市民として、研究者として? 違うよ、ルーニー。君はただ感情移入しているだけだ。友達が出来て、恋をして、思い出作りをして、たったそれだけの理由で残りたいだけなんだ。正義も何も無い」
「でも、私は……」
「君の我が儘だ」
美月は目を逸らして座り込んだ。そしてぽろぽろ涙をこぼした。黙っていられない。俺はルリの制止を振りほどいて、啖呵を切った。
「だったら悪いかよ。美月は人間だ。俺だってそうだ。人間が触れ合えば、感情だって生まれる。別れたくないし、忘れられたくない。当然のことだろ。実験って言ったって、人間の実験をしているんじゃないのかよ」
「タイムマシンの、――機械の実験をしている。人間の実験ではありません」
「人為的な要因で、失敗したくせに」
「情が移ったから? そんな理由で不正行為を見逃せるわけがないんです、シュータローくん。理想論は物事の良い面しか見ていない。科学においてそれは危険です。例えばの話、遺伝子の改変実験で害を持つ生物が生まれてしまったとします。それを可哀想だからといって殺さずに飼育していた。ある日脱走したその生物は自然界で繁殖した。生態系を破壊し、植物も生物も軒並み滅ぼしてしまった。駆除と回復には何年かかるか。どれほどのエネルギーが要るか。さて、どう責任を取れる?」
それでも、美月の気持ちは何一つ間違っていない。俺たちは、未来を滅ぼしたりなんかしない。美月を守れるだけの力は、手に入れたつもりだ。
「埒が明かない。結論はもう出たんですよ。理解らないかな?」
「わからない」
「先輩……」
ノエルが俺の袖を引く。お前だって不服だろうが。ミヨたち、待ってくれている人のためにここで退けるか。
「ですが、先輩。俺たちの一定期間の保護の確約は取れそうなんです。まずはその利権だけでも確保しないと」
「それでも美月と会えなくなったら、意味が無いだろうが」
ノエルは瞳に真剣な光を灯す。
「俺たちの時間軸の全てが懸かってるんすよ。俺たちだけじゃなく、親や友人やそのほかの人々の将来まで背負っている。美月先輩は大事ですよ。でも、お父さんの言うことも正しい」
頭ではわかるよ。でもさ、それが本当の正しさだと思えない。
「ノエルくんは物分かりがいい。科学者はときに非情にならなくちゃいけない。私利私欲を勘定に入れたり、公私を混同したり、自分勝手な我が儘を並べ立てるようじゃ、とても研究者には向きません。ここまで言ってわからないですか、ルーニー」
美月は手で顔を覆ったまま首を何度も横に振った。それを見て父親は背を向けて、計器の方へ歩み寄って行った。我が子を見捨てたかのように見えた。俺は初めて、この人が憎いと思った。あなたは慰めの言葉一つ、娘にかけられないのか。




