一.黄金ある竹を見つくる(2)
担任が軽く自己紹介して、生徒たちはまばらな拍手を送った。それから、うちのクラスに転校生が来ると言い出して教室はざわめき出した。二年になって転校生が来るなんて誰も思わなかっただろう。俺は興味ねーなと思いつつ窓の外に目を遣っていたんだが、一応教室の扉が開いたらそっちを見た。
転校生は女子だった。肩の辺りまで伸ばした髪を揺らして恭しく一礼する。この目で見ると、夕陽を受けて輝く黄金の麦畑のような色の髪だった。礼の後、彫刻のように精巧な美しい顔を上げて、教壇に上がって行った。何も書かれていないまっさらな黒板の真ん中を背景に姿勢良く立つ。今度は軽く礼をすると、黒板に白チョークで一角一角丁寧に名前を書き出す。まるで何度も練習したかのような綺麗な楷書で現れた文字。「竹本 美月」。こちらを振り返り、クラスを見渡すように笑顔を湛えて話し出す。
「今年からこの星陽高校でみんなと一緒に勉強します。竹本美月です。一日でも早く馴染めるよう頑張りますので、六組の皆さん、よろしくお願いします」
竹本美月……。最近頭に浮かぶよくわからない映像に出て来た女子そのままだ。いや、それよりはもっと綺麗に輝いて見える。直視しがたいほど可愛い。科白はちょっと違うけど、大体同じだ。どうしてこんなことが……? 教室の裏を振り返って見ると、冨田は絶句している。隣の片瀬は不思議そうに俺を見ていた。
竹本の挨拶が終わると、担任のときと比べ物にならないほど大きな歓声と拍手が沸き起こった。竹本は恥ずかしげに微笑むと、教卓前の最前列の席に座った。俺からすると、片瀬を挟んで隣。ま、片瀬がいる以上は授業中にそちらの様子を窺うことは不可能だろうな。今も竹本の方を覗き込もうとしたら、片瀬にガンつけられた。はいはい、窓の外見てる。
それから、始業式が始まるまで教室で待機を命じられた。自由時間になるとクラスメイトが一斉に竹本の席に集まり、集中インタビューを開催した。竹本はたじたじしながら応対している。俺はと言えば、まあ性格的にもそこに加わることは無くて、机で腕を組み、冨田と話していた。
「アイ、お前まさか知ってたな? あの絶世の美女たる竹本ちゃんが転校してくることを!」
冨田は、俺が情報を仕入れていたからあの異変を話したと思ったようだ。
「いいや。マジで知らなかった。まず俺がどうやって竹本さんの名前や容姿を知るんだよ」
俺は竹本を知る術は無かった。だから本当に予知夢みたいなものなんだ。
「相田は知ってたのかと思った」
横の席の片瀬が口を挟んできた。
「春休み期間に組分けの発表があったでしょ? そのときに竹本さんっていう知らない女子が六組にいるって話題になってたの。女子の間でね」
ふーん。俺はそんなこと耳に入れてなかったぞ。冨田はなんだか俺を疑うような目で見てくる。
「アイはさ、竹本さんが転校して来るのを知ってたから、あの可愛い子が『運命』の相手だ! みたいに言ったんだろ。その予言めいた言葉を使って竹本ちゃんを落とそうってわけか。汚ねーぞ。俺みたいに堂々フラれろ!」
何に怒ってんだか。冨田はもちろん美人の竹本に興味津々らしい。が、上手くいくとも思えないね。なにせ、あんなに可愛くて人気で上品そうな人だもんな。
「相田みたいなやつが『運命』って言葉を使うのは意外だけどさ……」
どうした片瀬? 薄笑いを浮かべて俺のことを見てくる。
「どう考えてもアンタみたいな、ぼうっとした怠け者が竹本さんと釣り合うとは思えないんだけど」
それは確かに、そう思うぜ。あのキラキラした女子が俺とどう関わるのか疑問だ。よくわからんけど、運命なら今に見てろ。きっと今日中には何か偶然に会話のきっかけが出来るはずだ。俺はこうして机でのんびりしていよう。果報は寝て待てってことさ。
「可愛いなー、竹本ちゃん。可愛いなあ」
チャラ田の異名を持つ冨田は見惚れていた。竹本は相変わらずクラスメイトに囲まれて居心地悪そうにしている。
翌朝だ。俺は結局のところ昨日は竹本と目すら合わなかった。ちょっと焦ったよな。何にも起きないなんて。じゃあ俺はただクラスのマドンナを傍から眺める、冴えない男子のくせに竹本の転校を超自然的に予知したってことか? 恥ずかしいだろ。
教室に入ると、既に竹本が席に座っていた。今日もお人形さんみたいに美しい。が、なぜか後頭部を叩いていた。頭痛かな。そう思いながら彼女の前を通過。自席に座って腕を組む。「おはよう」も言えない自分が情けないね。
そんなこんなで(言うのは簡単だが半日経った)、昼の時間になった。休業明けのテストがあって、午前中だけでもかなり疲労が溜まった。片瀬の席には、チビでお団子ヘアの女子が来ている。吹奏楽部の福岡ってやつで、小中学校が同じだった。そして去年も今年も同じクラス。腐れ縁ではある。そんなに話したことは無いがな。
福岡は片瀬と仲がいいみたいだ。正直、一緒にいると大将と子分みたいに見える。何かをコソコソ相談していた。で、俺に声を掛けてくる。
「あ、あのさ相田くん。私たちと、チャラ田くんとあと、竹本さんも誘って一緒にお昼ご飯、た、食べない?」
福岡は人見知りで、オドオドするのは平常なんだけど、俺には特に怖がっている気がする。高校に上がる前は怯えるなんてことは無かったのに。心当たりはまるで無い。もっと愛想のいい人間になるべきだろうか。
「ねえ、相田。竹本さんと話したいんでしょ?」と片瀬。
そうだ、昼食のお誘いだったな。言うまでもなく、興味ありだ。こんな形で願っても無いチャンスが訪れるとは思いもしなかった。女子も交えれば、もしかすると会話のきっかけができるかもしれない。
「えっと、竹本さんと一緒に昼食? いいよ。暇だし」
「そりゃ、アンタは三百六十五日、閏年は三百六十六日ヒマ人だからね」
片瀬は嘲笑した。俺はそんなに暇人に見えるか。
「こら片瀬ちゃん。あ、相田くんが暇なのは自明の理だけど、そうじゃなくて、竹本さんを誘わないと。人気者だから」
失礼な気がするけど、福岡の主張は正しい。竹本は昨日からクラスメイトの心を鷲掴みしており、早く誘わないと先約が入ってしまいそうだ。で、誰が誘う?
「アンタでしょ」
「い、行ってこ、行って来て! 相田くん」
俺かよ。表情で嫌がると、片瀬に肩をぶん殴られた。仕方なく席を立つ。畜生、暴力で決め事をするなんておかしい。そう思うよな、ガンディーさん。
俺はついに竹本の席の前に立った。まさかこんな形で竹本と話す羽目になるとは。でも何とか二日目にして話せたぞ。竹本は教科書をしまったり、荷物を整理していた。俺が口を開く前にこっちの存在に気付いて、顔を上げる。——目が合った。息が詰まるほど見惚れてしまう綺麗な青い瞳だ。もしかして帰国子女でハーフなのかな。っと、そんな場合じゃない。笑顔を作って言うこと言わないと。
「竹本さん」
「……? 相田さん、でしたっけ?」
名前を覚えられている? そりゃクラスで自己紹介は済ませたから、知っていてもおかしくはない。しかし覚えてもらえるかどうかは別だ。出席番号が一だからかな。
「その、こいつらと一緒にお昼食べない?」
「はい?」
竹本は訊き返した。聞こえなかったかな。
「皆で一緒にお昼ご飯食べよう」
「……はい。ぜひお願いします。お腹空いちゃいました」
竹本は笑顔を浮かべる。その笑顔は俺の心臓を物理的に穿った——かもな。お嬢様のような楚々とした笑みは上等だ。さ、上手く誘えたことだし食堂でも行こう。振り向くと、片瀬はニヤニヤし、福岡は苦笑し、いつの間にかいた冨田は激喜びしていた。様々個性のあるメンバーだけど、一緒に食事してください。




