三十.貝なしと(25)
「あ、ああ。愛されているんだね。うちの娘は」
「ええ、俺は美月のことが大好きです。ずっと幸せでいて欲しいですし、ずっと傍にいたいと思っています。そのためにここまで来たんです」
「大好き……。ん、ん? ちょ、ちょ、ちょっと待って」
俺は何か混乱させるようなことを言ってしまっただろうか。
「君はルナが好きなんですか。女の子として」
「だから、そうですけど……」
父親は目をぱちくりさせて美月を振り返った。必死に手招きをする。
「ルナ⁉ ルナはこの人と恋仲なのか」
慌てている。絶望している。こういう人でもあるのか。ルリは密かに溜息を吐いた。
「人の機微に疎い人ですからね。今の奥さんとは生まれた頃からの幼なじみなのに、彼女の恋心に気付くのに三十年かかった人ですから。そして自分の恋心に気付くのには三十一年かかってますから……。人類ワースト記録を持つニブチンです」
「シュータ先輩のDNAを受け継いでいるんじゃないっすか?」
流石の俺でも三十一年も自分の恋心に気付かないなんてことはないぞ。お父さんに俺のDNAが引き継がれてたら、美月にも俺のDNAが遺伝していることになっちゃうし。
「私は、シュータさんとは、えっと」
父親から地獄の質問をされた美月は明らかに戸惑っていた。
「友達というわけではなかったの?」
「いえ、シュータさんは友達ですけど、それだけではないというか、特別でもあって」
ノエルは「言えるわけないじゃないですか。ねえ」と耳打ちしてくる。俺に言われても……。
「と、いうかまだ美月に恋愛は早いんじゃないかな。シュータローくんの好きも、本当に手を繋ぎたいとか、ちゅーしたいとか、そういう好きなのかな。友情とは違うのか」
ルリは「十八歳なのに早いわけないじゃないですか。ねえ?」と言う。だから俺に言うな。
「俺は、そういう好きですよ」
「ルナも?」
父親は地球滅亡するんじゃないかという絶望感に浸っていた。
「わかりません。でも、シュータさんとハグしたときは、すごく温かい気持ちになりました。って、何を言わせるんですか。恥ずかしい……」
「ハ、ハグしたって? 伊部くんやクララは何を、してたんだ……」
美月は屈辱を感じたようで、俺の方を見ずに元の席に戻ってしまった。そして俺の正面には敗北者が一匹。か、顔を上げてください。
「すまなかった。こちらのことは気にしないでくれ。具体的な話に戻そうか」
無理があるって……。
「タイムマシンがなぜ失敗か。そもそもタイムマシンとは何だったか。どこまで君たちが理解できているのかわからないけど、これくらい初歩から確認すれば、話について来られるだろう。そして今回の重大な問題について、なるべく最短で結論を出そう」
傷心の痕を隠せているとは思えんが、話し方は賢い人だ。まあ上等だよ。決着をつけるんだ。
「タイムマシンを製作するのに必要な技術は何だと思う? まあ「過去に向かう」タイムマシンの場合ですが」
――時間を「戻る」技術。っていうのは屁理屈か。ノエルはどう考える?
「人体や物体を転移させる技術。〈過去〉があっても、そこに行けなきゃ意味がないでしょう」
「いいですね。シュータローくんは? 主にあと二つ正解があるけど」
「過去を観測すること。観測した過去を、現実世界として再現すること。その二つですか?」
「うん、みんな賢いですよ。それとも正解を聞いていた?」
きちんと聞かされてはいない。何となく推測できるだろう。もう散々時間を「戻る」だの「遡る」だのしてきたのだ。
「その三点がタイムマシンを開発できる必要最低限の条件だ。『過去を観測する』シミュレーター。『過去の世界を再現する』リアルな仮想空間。『人や物質を介入させる』ための転移装置。この三つが出来て初めてタイムマシンが完成した」
実際にはエネルギーや過去の時間軸を維持するという問題もあった。
「シミュレーターについては、確かに莫大なエネルギーが必要になる。例えば三十一世紀の現在から、君たちの住む二十一世紀に行くには、二十一世紀の情報を可能なだけ収集してそれを整合性を持たせた状態で、コンピューター上に再現しないといけない」
やはり俺たちの時間軸は、コンピューター上に作られていたものだったのか。複雑だよな。結局俺も、俺の先祖も、俺の知る世界も全て作り物――「リアルな仮想空間」だったのだから。でも、今はそこにこだわる必要は無いのだろう。




